加々見太地さんと話していると“身体の痕跡”とか“身体と世界のぶつかり合い”という言葉がたびたび飛び出してくる。美術の表現を彫刻というフィジカルな行為を伴うメディアからスタートし、登山を通して肉体の限界や環境とのギリギリのせめぎ合いを続けてきた彼だから自然と出てくる言葉なのだろう。仮にそうした過程を知らなかったとしても彼の作品からは、まぎれもないリアリティと普遍性が宿っていることが感じられるはずだ。
秋の長雨が続く週末、グループ展『踏み倒すためのアフターケア』でヒマラヤ遠征に出発する直前の加々見さんに話を聞いた。
作品作り自体がフィジカルな行為
秋葉原の外れにある〈アキバタマビ21〉で開かれていたグループ展『踏み倒すためのアフターケア』のステートメントには「特定の地域やコミュニティ、自然環境など、表現が生まれる場所と、その表現の関係を意識してみる。すると、場所固有のレギュレーションや、コミュニティへの不適応、場所に由来する他者の期待と表現の方向性の違いなど、矛盾や困難と直面する」とある。
このテーマの下に場所と作品の関係をモチーフにした5人の作家が集まった。加々見さんの作品は氷瀑を登るプロセスの写真と登山道具、氷に見たてた建築資材・スタイロフォームが組み合わされたインスタレーションだ。
「表現のフィールドが自然環境、山だったりするので、今回はこのアイスクライミングしている氷瀑。長野県の四阿山(アズマヤサン)という山で、そこは米子不動という100mクラスの滝がいっぱい断崖に連なっている日本有数の氷瀑エリアです。そこの滝のひとつで、〈正露丸〉って名前がついてるんですよ(笑)」
ユニークな〈正露丸〉という名前はクライマーが名付けたもの。この滝を登ることを思うと胃がキリキリ痛み出すという意味で付けられた名前だそうだ。作品について本人から解説してもらう。
「何から説明すれば良いかな…。僕はこれを写真に写っている人と一緒に登ったんですよ。僕は登りながら撮影している。1枚目の写真は奥に正露丸が見えていて、雪を掻き分けながらアプローチしている。次に、正露丸の一番下のところからパートナーが登っているところを、自分が命綱をもちながらカシャカシャって撮らせてもらって。僕も登って中段で撮影して、最後に一番細いところがここ。
僕の身体の移動というか、登るという行為に伴う景色の変化を写真で切り取っていって、それをインスタレーションとして展示している。
その写真のイメージだけじゃなくて、今回このスタイロフォームと呼ばれる、一般的な断熱材を用いて写真にマウントして、実際に登るときに使うアイスアックスとかアイススクリューを構成できるようにこの素材を使っています。
実際に使うカラビナとか、着けていたグローブ、着てたジャケットとか自分の身体の痕跡みたいなもの、自分が登って帰ってきて、ここで提示するっていうことをテーマにして展開しました」
加々見さんはこうしたクライミングの際も、嵩張って扱いも難しい中判カメラを用いて撮影している。作品作り自体がとてもフィジカルな行為だ。写真と実際に使った道具のマテリアルが一体となって、アイスクライミングという非日常が会場に浸潤している。加々見さんが体験した空気の冷たさや、クライミングの息遣いが伝わってくる。
自分と世界との出合い、摩擦
「原体験は両親とのカヌーやキャンプ、スキーとか。でも山じゃないんですよ。椎名誠とか野田知佑、植村直己の本も家にあった。それを小学校高学年くらいから手にとって読むようになって、星野道夫さんの本も読んだりして、なんかこの世界いいなっていうのが自覚的に自然いいなって思った最初です」
むしろ山登りは加々見さんが父親を誘って始めた。高校生の頃は足が遠のいたものの、美術大学に入ると再び山へ向かった。登山を教えてくれる人物との出会いもあって、冬山にも挑戦し、段々とアルパインクライミングを志すようにまでなった。
インタビューの日は、優秀な登山家に送られるピオレドールも受賞した登山家花谷泰広さんの公募するチームで、ヒマラヤの未踏峰に挑戦するためにネパールに旅立つ直前だった。
一方で、子どもの頃から描いたり、作ったりすることが好きだった。自然と美術大学に進み、立体が好きだったことから彫刻科を選択した。
「彫刻っていうメディアが、かなりフィジカルなところなんですよ。重力との戦いでもあるし、素材との戦いでもある。肉体的なところもあるし。モノを置くってどういうことかとか、それを建てるとか。そういう時にリアリティを感じるんですよね。身体と世界のぶつかり合いというか。それで何かを作る、伝える。
自然のアクティビティ、自然の中に深く入り込んでいく時にもそれをすごく感じるんです。自分の心身と世界との出合いみたいな、摩擦みたいな。それを感じた時に自分を感じるし世界を感じる。そこに僕は魅せられていて、大事だなっていう思いがある。
それと彫刻的なメディアとか、自然に入っていくアクティビティとかっていうのを、実は相性いいのかもっていうので色々やってる感じです」
彫刻というフィジカルな手段からスタートした加々見さんの作品は、手法にこだわらず場所や自然環境と自身の身体の痕跡を都度都度表現しながら発展を続けている。
環境に対してできるのは愚直に表現し続けること
今回は服から再生したポリエステルで作ったHERENESSの〈CALM〉シリーズのキャンペーンに登場してもらった加々見さん。軽くて空気を含み暖かい〈CALM JACKET〉は登山の際のミッドレーヤーに最適だと語ってくれた彼に、最後に環境との関わりについて聞いてみた。
「僕が個人的にやれることは、自然と深く関わりを持ったアクティビティをしてるわけですから、その身体感覚を共有するということ。多分、全部そこからだと思うんですよね。その想像の届かない範囲のことはケアできない。だから、環境破壊とかが起こっているわけで。
みんな、誰しも目の前のその人を大事にしようと思っている。やっぱり、それの繰り返しじゃないですか。
例えば欧米諸国の先進国で環境を守ろうと言っているのも、その延長線上だし、途上国がCO2を排出しながらも豊かになろうとしているのは、その国を豊かにしようとか家族を豊かにしようっていう人間の行動原理なので、僕は全く否定できない。
それと同じように、自然環境も、目の前のこの景色を大事にしようとか、この自分に豊かな体験をもたらしてくれる山を大事にしたいなっていう、目の前の愛みたいなところからしか何も変わっていかない。
自分が愚直にやっていくことは、このような展覧会をするとか、発信っていうことだけ。僕ができること、言えること、語れることっていうのは、それでしかなくて。偉そうなことは言えないです」
(プロフィール)
加々見太地
1993年、神奈川県生まれ。 2020年、東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。 自身の身体で感じた世界や自然を通して、彫刻や写真を発表している。 登山活動にも力を入れており、ヒマラヤやアラスカでの登山を経験。