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CALM TALK 09 必要としている人に豊かさを届けたい | 斉藤りょう子(瞑想家・ヨギ)


斉藤りょう子さんは、ゆっくりと言葉を選んで穏やかに話す。それは、15年近く続けてきたヨガとその後に深めていった瞑想の賜物なのではないかと感じさせる。〈HERENESS〉とライフスタイルプロダクト〈KINTO〉とのコラボレーションイベントでは、〈ティーメディテーション〉というお茶を入り口にした瞑想のワークショップを開催してくれた。瞑想を自然に生活の中に落とし込むコツを斉藤さんに伺った。

かつては運動に縁がない生活を送っていたという斉藤さんは、偶然訪れたジムでヨガを始めた。そして何度か繰り返す中で、普通とは明らかに違う呼吸や心が整う感覚を得たという。

「それまで普段、身体に感覚が向くことがなかったんですけど、ヨガを終えた後にすごく身体が安定していている感覚がありました。あと、過剰にお腹が空くとか、過剰に何かがしたいという、過剰だった部分がすごく落ち着いていて、穏やかさを感じたんです」

ヨガのスイッチが入った斉藤さんは、すぐにもっと深めたいという気持ちになる。しかしそれは2008年のこと。まだまだヨガを専門に学べるところは限られていた。

「その時は、ヨガをできるところが少なくて。ワークアウトの一部でなくてヨガだけをやりたかったので、ヨガの学校のような場所があることを知ってそこで始めました。ヨガの先生を養成する学校で、ヨガのポーズだけでなくて生理学や哲学などを学べるところです。

ただ、あまりに経験のない状態で行ってしまったので、一回やっただけでは自分の中にうまく落とし込めなくて。それを通して自分がやりたいヨガが見えてきたので、もう一度学校にいくことにしました」

斉藤さんがやりたいと感じたヨガの方向性とは、体だけでなく心も整うもの。そのための哲学なども学べるところを探していった。

一方で初心者は身体からアプローチするのがヨガに入っていきやすいとも教えてくれる。

「はじめは細かく身体に意識を向けることがないので、筋肉とか骨、外の自分の身体から、どんどん自分の心に触れていくような感じでヨガをしていました。ポーズから内観して深めていくような感じかなと思っています。ヨガを始めたことがない方は、身体にある感情とか自分の身体に向き合うことで、今まで知らなかった自分であるとか、そういうものに触れる経験になるので、新しい方には身体=アーサナ から始めるのは良いかなと思います」

斉藤さんはヨギであると同時に瞑想家として、瞑想の魅力も伝えている。それは本来、一体のものだからだ。

「ヨガのステップってまずヤマ・ニヤマと呼ばれる生活態度のようなものがあって、ヨガのポーズ(アーサナ )があって、最後のほうに瞑想がある。その瞑想のためにヨガのポーズがあるっていわれるんです。ただその瞑想が自分でできているかどうかが分からない。

目に見えないのですごくそこに興味があって、10日間沈黙の行を積む〈ヴィパッサナー瞑想〉のコースを受講したり、Googleがやっているマインドフルネスのワークショップ〈Search Inside Yourself〉を学んだりと深めていきました。目に見えないことをうまく人に伝えたいなと思って学び始めたんです」

瞑想を生活の一部に

斉藤さんも話す通り、目に見えない瞑想は難しい印象があるのも事実だ。初心者は、どのように取り組んだら良いのだろうか。

「瞑想をしやすい環境を作って、そこに規則性を持たせて、そこで座るというところから始めるのが良いですよ。そうすると日々の変化も感じ取りやすいですし、今日はできたのかもってわかりやすいかもしれないです」

習慣化するというのが、ひとつのポイントになるようだ。ただ、雑念をなくして瞑想ができたといえる実感を持つのはやはり難しい。

「できていないことに気付いてるっていうのも瞑想になっているんですよ。瞑想って気づきという意味で『気が散ってあることを考え続けているな』ということに気がついていれば瞑想なんです。頭を空っぽにするなんて多分、死なないとなれなくて(笑)。だから考えていても大丈夫です」

実際に瞑想を実践してきた斉藤さんは、それによってどんな変化を感じたのだろうか。

「自分じゃないことをすることが減りました。客観視をする思考ができてきたのだと思います。なんとなく忙しいと自分じゃないことをやってしまったり、突発的にやってしまうことがあったんですけど、きちんと自分の本質に近いことをできるようになった気がします」

伝えるということ

そして現在、斉藤さんは様々なワークショップを通じて、ヨガと瞑想の魅力を伝えている。

「あまり教えるというスタンスが好きじゃなくて、自分がいろんなこと、瞑想やヨガを経験して、それをシェアしていくみたいなかたちが好きなんです。教室で先生をするよりも企業さんなどとご一緒させてもらって、イベントを作っていくことが好きでやっています。

瞑想もその場所だけですごく集中できても、あまり生活に活かされないということが自分にもあるなって思っていて。自分が瞑想を勉強している中で禅の考え方にも触れるようになって、お茶を勉強するようになったんです。お茶を飲むっていう毎日の自分の生活の中で、どれだけマインドフルに人生を生きていけるかってことを伝えられたらいいなと思って〈ティーメディテーション〉を伝えています。

お茶を飲むことでも『自分が今何を飲みたいのか』とか、『喉が乾いて飲んでいるのかな』とか、自分に注意を向けるきっかけになる。すごく生活が豊かになるタイミングを作れると思ってやっています」

情報が多い世の中で、自分で考えたり、感じたりすることを大事にしたい、できるだけ体験を通した豊かさを届けたいと話す斉藤さんに、この先のビジョンを伺ってみた。

「芸術とかヨガとか瞑想が、いま豊かな人にしか行き渡っていないような気がしているんです。海外では、こういうものに子どもや困っている人が無料で触れることができる機会が多いように感じていて。すでに豊かな人にとってのプラスアルファじゃなくて、足りていない人やこうした豊かさを知るきっかけがこれまでなかった人に伝えることができたらいいなと思っています」

(プロフィール)
斉藤りょう子

人間の身体、目にはみえない心に興味があり、2008年よりYOGAを体系的に学び始め、2014年よりYOGAを通じた活動を始める。その後、マインドフルネス瞑想を学び、ブランドとのタイアップ、イベント出演、企業や医療へ向けたマインドフルネス瞑想を提供するなど活動している。
現在は、ソマティックワークを用いた「 声の瞑想 」 瞑想を通じて学びはじめた「 茶 」の空間や時間を瞑想とする「 ティーメディテーション 」により、静けさや穏やかさ、日々の無意識の中にある瞬きへの気づき、身体と心をおおらかに開き、受け取り、外の手触りを感じることを伝えている。
信条は、愛と思いやり、他者を理解すること。
・ マサチューセッツ州立大学 Center For Mindfulness SR-401-8W修了
・ Search Inside Yourself 受講済 (Mindful Leadership Institute)
・ ヴィパッサナー瞑想10日間コース修了

CALM TALK 07 誰かのために、の先にサステナビリティはある |ベイン理紗(モデル)

中央高速道路を須玉ICで降りて谷間を瑞牆山方面へと登っていく。カーブが続く山道を進むと、辺りの風景はまるでタイムスリップしたように昔の田舎の風景に変わる。山の姿を静かに映すみずがき湖を超えると、たどり着くのが日影地区だ。標高1000m、人口30人のこの集落に戦前からある小学校分校を活用した複合施設〈0site〉はある。モデルのベイン理紗さんは最近、友人が営むこの施設に通うようになった。コロナをきっかけに食の本質を探りたくなり、食べ物が作られる現場を見たくなったからだ。

理紗さんは、美術大学に通いながらモデルとして活動し、最近は媒体などを通した発信も積極的に行っている。オンラインメディア〈NEUT〉では、彼女の連載『FEEL FARM FIELD』を通じて「五感を農から広げていく」というコンセプトで、彼女が畑を通じて感じたこと、発見したことを共有している。

「きっかけはコロナが大きくて。コロナが始まって、みんなが犯人探しというか、どこに責任をおくか、原因を見つけようとしていた。ウイルスが食肉市場から発見されたからといってアジアや中国を責めるんじゃなくて、目の前の食事がどこから来たのかをちゃんと深掘りしたり、根っこの部分を知れば、罵り合うことはなくなるんじゃないかと思い始めて。

じゃあ、自分がそれに対してどうやったら向き合えるか。自分がこれから先、自信を持ってちゃんと生活するために食事を見直そうっていうのが一番最初のきっかけです。

でもそこからどうやってやったらいいか分からなくて。とりあえずヴィーガンを取り入れてみたり、ちっちゃい家の庭でトマトを育ててみたり」

山梨県の山奥で土に触れる

そんな時に声をかけてくれたのが、友人の古山憲正さんだった。しばらく海外を旅しているうちにイスラエルの集産的な共同体〈キブツ〉に滞在し、その在り方に感銘を受けた憲正さん。北杜市須玉町・増富地区の日影集落に縁ができ、廃校を使用する許可を得て、ここでキャンプ場やイベントスペース、畑などを運営する〈0site〉を立ち上げた。

「最初はオンラインで、今こういうことを考えてて、食事に関してはもっと知らなきゃいけないことがある気がするっていう話をして。食事を通して社会は繋がってるよねっていうことをずっと話してて。そうしたら憲正が、山梨県でコミュニティを作ることとか、自給自足ということに重きを置いた活動を始めたので、私もそこに乗っかってなんかやりたいって事で、それが畑だったんです」

はじめは地域の農家さんの手伝いをするところからはじめた理紗さん。最初は3畝のさやえんどうの収穫に3時間もかかったという。けれど、食べ物が作られる現場に触れて、気づいたことがたくさんあった。

「その農家さんはご夫婦なんですよ。もう莫大な面積を夫婦二人で管理してる超バイタリティ高い人たちで。ずっと生き物と向き合うということを365日24時間考えてやってる農家さんはすごいなって。私たちが3秒とか4秒で口に運ぶものを何ヶ月もこうやって向き合って作ってる。私は何やってるんだろう、みたいな感じになったのが一番最初の気持ちというか感情。こんだけ考えてやっている人がいるんだったら、私もちゃんとご飯を食べるっていう事をもっと考えなきゃなって今回改めて思ったんです」

こうして地域の人との交流が生まれるうちに、理紗さんの関心は徐々に食そのものから、食を支える人や地方、そして食べる人たちや都市との関係にシフトしていった。

「この場所の環境がどれだけ私が住んでる都心とかけ離れてるかをすごく気にするようになりました。もっと、密接に関わるべきだし、農業は知らなきゃいけない一番根っこの産業なのにあまりにコネクションがない。コネクションを見る事が出来ないってことに疑問を持つようになった。

ご飯を食べることについて知るところから、人との繋がりだったりだとか、地方と都市の繋がりの薄さだったりとか、知らないことが多すぎるということに考えがセットされていった」

いまは理紗さんも憲正さんも畑をお休みし、イベントやメディアでの発信などを通して山梨県と都市の人を繋ぐ活動を始めたところだという。〈0site〉にキャンプ施設を併設したり、都市から人が訪ねてきたくなるようなイベントを行っていくそうだ。〈0site〉のWEBサイトやSNSでこれから発信される情報に目を配っておきたい。

病を経て未来や社会のことが自分ごとになった

理紗さんがこうした活動に至る背景には、コロナ以前にもうひとつ個人的な事情があった。

「2018年9月、大学に入ったタイミングでがんが見つかって、それで結構落ちてたんですね。心身ともに疲れ果てちゃってて。ココロ空っぽっていう状態が数年続いてる状態でコロナになって、自分のことで精一杯。自分が楽しむとか自分がどうにか生きるとか、もしくは、どうにか生きるっていうシリアスな部分を取り除きたくってただただ、なぁなぁに生きてるっていう感じがすごく強かった。

でも、やっぱり自分が知りたいこととか、自分がやりたいこととかに関して、真っ向から調べ上げるとか、その場所に行くってことは以前からずっとしていた。それを改めて周りを気にせずに自分のやりたいことや考えていることを言っていこうと思ったんです。

いつ死ぬかわからないコロナなどの現状がある中で、会いたい人に会いに行くとか、やりたいことをやるとか、知りたい事を知るとか、言いたいこと言うとかっていう事を、もっと自分が表に立ったり発信できる立場にいるんだったら、ガンガンしていくべきだよねって思って。だからそれを再開した」

これまでは病のことも自信を持ってオープンに語ることが難しかったという理紗さんだが、先日自身の連載でそのことも初めて書いた。

「私の連載のところに明言はしてないんですけど、病気のことを初めて書いて。みんなの反応も可哀想ってことではなくて、逆に納得してくれた。だから理紗は考えてるんだねって。みんなすごく、伝えたことで生きるということを意識してくれてると思うから」

来年、大学卒業を迎える理紗さんは、食と農と人との関係、そしてこれまで関心を持ってきた芸術の場作りを深めるためにヨーロッパ留学を計画している。先日もフランス、ベルギー、オランダ、ドイツを巡って、現地の大学や美術館、ギャラリー、農園などを視察してきた。

「コロナをきっかけに大学を休学したり、畑を始めたりもしたんですけど、自分がこれから先そういうモノをもっと伝えるっていうことをしなきゃいけない。それには自分自身も勉強しなきゃいけないって思い始めてからは、教育だとか成長していく過程で学べる環境や場所というのを作りたいって考えていて。

やっぱり自分の中で農に関わりたいとか食に関して関わっていきたいってすごく考えているから、今は大学は芸術系なんですけど、何らか農についてしっかり勉強する機会をこれから作って、じっくり時間をかけたいなぁって思ってます」

誰かのために、の先にサステナビリティはある

最後に今回着用してもらった廃棄服から生まれた〈CLAM〉と理紗さんの考えるサステナビリティについて聞いてみた。

「私はサスティナブルを目的に何かをするっていうことを自分の中ではしないようにしていて。それは、やっぱり持続可能なこととか、それこそ社会のこととか環境のこととか食のこととか、自分の身体のこととか、自然とちゃんと考えたら今のようにはなってないですよね。っていうことをすごく思っている。
それこそ、今回の企画もサスティナブルのために洋服を作るんじゃなくて、洋服をみんながもっとより良いカタチで作るために、結果的にサスティナブルが存在するっていう、そういう考え方がすごく好き。サスティナブルっていうものを意識するっていうより、誰かのためにって、その先にサスティナビリティがあるのが、みんなにとって一番幸せなことなのかなってずっと頭の中で思ってます」

CALM TALK 06 微妙な変化を感じ取り 動き 作る|有永浩太(ガラス作家)


能登半島の真ん中あたりに浮かぶ静かな島、能登島。ここにある有永浩太さんのアトリエで、吹きガラスの技法によるグラス作りを見せてもらう。とても高い温度の窯で溶融したガラスを、吹き竿と呼ばれる金属管で取り出し、息を送り込んで膨らませる。成形用の別の窯で調整しながら、みるみるうちにカタチが定まっていく。

有永さんの動きは一切の無駄がなく、コンテンポラリーダンス、あるいは精巧な器械体操を見ているようだ。吹きガラスが、美的な作業であると同時にとてもフィジカルな行為であることがよくわかる。

学生時代に陸上部で800m走に取り組んでいた有永さんにとって、こうした身体感覚を伴う制作は、いつまでも飽きることなく追求できるものだという。

有永さんがガラスに触れるようになったのは工芸大学に入学したことがきっかけだった。大学一回生の時に陶芸、染め織、ガラスを一通り経験し、専攻を決める際にガラスを選んだ。

「吹きガラスは入り口はすごく難しいんですが、コツを掴むとすごい面白い素材なんです。多分、これはずっとやってても飽きない素材だなっていうので選びました。他の素材に比べてすごく直接的な造形ができる。吹きガラスって作業中のかたちと出来上がったものが全く一緒なんですよ。陶芸は焼くと縮んだり、あとは鋳込み(鋳型に流し込んで形成する技法)は別の素材で作ったものを置き換えたり、そういうちょっと変わる部分がある。吹きガラスっていうのは、吹いて完成して、釜に入れたらそのまま出てくるんです。自分の感覚とのズレがないというか、それがすごく気持ちがいい」




自分の感覚を大事にしたいという有永さんのこだわりは、幼い頃から登山をしていたり、陸上部で走ったりしながら、自分の身体をうまく使うという行為を繰り返してきた延長線上にあるようだ。

特に一般的にキツいと表現される中距離走、トラックの800mに取り組んでいた時の感覚は吹きガラス作りにも繋がっている。

「トラックを走っている時は、何を考えていたんだろう…。なんだか、シーンがどんどん動いていくんですよね。400mトラックを2周することは同じなんですけど、風景も競技場によって違うしレース内容も違う。そういうのは面白かった。スムーズに走れる時もあったし、全然走れない時もあるし、駆け引きもあるから集団になって全然身動きが取れないこともある。単純にトラックを走るって感覚ではなくて。それを凝縮した時間の中で行うので、それが面白かったですね」

有永さんのアトリエの片隅には面白いコーナーがある。一本歯の下駄や足袋、厚底のランニングシューズがまとまっている。

「最初はクッションの良い靴を履いていたんですけど、ちょっと腰にきたんですよ。それで、これちょっと続けにくくなるなぁって時に、この一本下駄をやっている人に出会って。体の使い方がそもそも違っているから、別のタイプも履いた方がいいって言われて。それで足袋を使い始めました。

このクッションのいい厚底シューズで弾みながら走るのも好きなので、いろんなシューズのローテーションの一角として試しています。一本下駄で歩くと体幹を使って動かないとグラグラするんです。それで慣れてきたら足袋で走るのもすごく楽になってきて。面白いですよね」


様々なシューズを履き分けて、走り方に変化を加えることで身体も変化し、腰痛も治ったという。

「ガラスの仕事は身体を傾けて作る。だから左右のバランスがすごく崩れるんです。なので午前の仕事が終わって走ると、その日の身体のバランスがわかる。仕事から切り離されて、音楽も聴かずに走るので、瞑想に近い感覚ですね。ずっと自分の身体の動きを意識して走っている」

800mを走っている頃のように、微妙な変化を感じ取りながら身体を動かすのが元来好きな性分なのだ。

「多分それはそうなんですよ。仕事自体は器だったり、元々あった伝統の技法の中で作る食器なんですけど、その決まっている中っていうのも細分できるので、いくらでも広げられる。そういう感覚っていうのが好きなんだと思うんですよね」

時間を意識した作品づくり

多くのレストランや料理家に支持され、なかなか手に入れることが難しい有永さんのガラス作品。その美しいフォルムや魅力の源はどこにあるのだろうか。

「美術工芸的なモノも作りますし、器も作るんですけど、器に関しては本当に使いやすさを意識しています。あと作り手の意見として、どれだけ正確に早くかたちにできるかというところがすごく大事になってきます。早く作れるというのは、それだけ価格帯も抑えられるし、みなさんの手に行き渡りやすくなる。それに吹きガラスの性質上、早く作れた方が綺麗なんですよ」

有永さんの器のシンプルな美しさは合理性がもたらすものでもある。一方で、工芸作品には時間の重層性が表現されている。

「ガラスってさっき言ったみたいに、すごく早い仕事ですよね。瞬間的に仕事をしていくんですけど、そこにもうひとつ別の時間軸を込めたいっていう思いがあって、工芸の仕事を始めたんです。

例えばこの作品の模様の意味するところは、織物であったり、編み物なんです。この工程自体が糸を紡ぐとかそういう感覚にすごい近いところがあって、そういう工程を経ることでガラスの中に織物が乗っている時間軸を込めて、ひとつの作品の中に2つの時間軸を両立させるような作品を作りたいなというところから始まっています。

話しだすとすごく長くなるんですよ(笑)。ガラスの歴史と、織物の歴史と、そういう話になってくるので。長い歴史がある素材なので、できればそういった側面を見せれらるように作りたいなって」

吹きガラスを永続的なものへ

吹きガラスは伝統工芸であり、有永さんはその歴史とフォーマットの中で、自身の感覚を磨きながら作品の質を上げ続けている。

一方で、運営が大変で引き継ぎ手が少ない吹きガラスの在り方に革新性を持ち込んでもいる。

「今はモノづくり自体やりたいっていう人が少ないみたいです。学校の話を聞いても年々減っている。吹きガラスは始めるのが大変というのもある。僕より上の年代の人なんかは、吹きガラス工房は儲からないから大変だよって。とにかく大変だからやめた方がいいんじゃないって言うくらい。でも、もっと違うやり方があるんじゃないかなと思って工房を作ろうと思ったんです」

6年前に能登島に移ってきた有永さんは、新しい工房のスタイルを確立しようと窯の開発から始めたという。

「一人で仕事をするので、窯の設計から窯屋さんと一緒に始めて、今までないタイプの窯を開発しました。普通ガラスを溶かす窯(溶解炉)は一度火をつけたら止められない。1年くらい止めないっていうのが常識だった。窯の中は1200度以上になるんですよ。そこまで上げるのに普通4、5日かかる。一回止めてしまうと、あの中に坩堝(るつぼ)っていう壺が入ってるんですけど、それが割れてしまうので交換しなきゃいけないっていうのが通常のガラスの窯だった。

ウチは火を止めても2日間かけてあげたら壺が割れずにずっと使えるようにしました。最初に自分の工房を持とうと思った時に考えたのが、吹きガラス工房が持っている大変な部分をひとつひとつ潰していくこと。これを変えたらこれがクリアできるというものを考えて作っていった。そうしたら意外と上手くいった。
なので独立したいっていう30代くらいの子がうちによく見にきますよ」

吹きガラスの在り方を根本的に考え、その核心を大事にしながら現在に合ったかたちにアップデートしていく。そうした本質的な考え方が、続く作家にも道を拓いている。

ガラスを生み出してくれるエネルギーを効率的に

廃棄された服を再利用したポリエステル糸〈RENU®〉を用いた〈CALM JACKET〉を着用いただいた有永さんにサステナビリティに関して普段考えていることを伺った。

「吹きガラスって、これだけの熱を使わないといけないので、すごくエネルギーが必要な仕事なんです。なので、この窯(溶鉱炉)自体は断熱を良くして、できるだけ熱効率を良い様に作っています。

従来の窯の2/3から半分のエネルギーで動かせているんですよ。仕事用の窯(成形用の第2の窯)も断熱を良くして、仕事をしていないときは完全に塞げるようにしているので、使ってない時の熱を逃げにくくしている。出来るだけエネルギーを効率よく無駄なく使いたいっていうのは、工房を作るときにひとつのテーマとしてやっていました。

それだけのエネルギーを使って作っているので、うちで溶かしたガラスは全部使い切る。なので、無駄なガラスっていうのはほとんどない。年間廃棄しているのは20kgしかない。自分がエネルギーを使いながら作っている、作り出した素材なので、それに対して責任を持ちたいなと思っています。

今窯屋さんに全てをクリーンなエネルギーでできる窯を考えてくださいって伝えていて。少し前までガラスは、あまり環境に良くないってガラス作家さん自身が言っていた。それだとこれから先この業界が受け入れられなく、どんどん狭まっていくだけになってしまう。ガラスを作る周辺の業界も回るように作り手がそういうことを考えて、それをきちんとアピールしていかないとと思っています」

これまで一人で制作を続けてきた有永さんだが、こうした仕組みを整備していきながら若い人を雇い入れて技術を継承し、ガラスで生きていける基盤を作ろうとしている。ものづくりの在り方を整え、後進の道を作っていくこともサステナブルな行為だ。

(プロフィール)
有永浩太 @kota_arinaga

1978    大阪府堺市生まれ
1998    フラウエナウ・サマーアカデミー(ドイツ)短期留学
2001    倉敷芸術科学大学芸術学部工芸学科ガラス工芸コース
2001-2003 四季の里ガラス工房(福島県)スタッフ
2004-2009 新島ガラスアートセンター(東京都)スタッフ
2009-2011 能登島(石川県七尾市)を拠点にフリーの作家として活動
2011-2016 金沢卯辰山工芸工房 ガラス工房専門員
2017    能登島に自宅工房 kotaglass 設立
2022   同在所内に工房拡張移転

CALM TALK 05 自然と向き合う気持ちいい瞬間を、直感的に伝えたい | 中瀬萌(アーティスト)


相模原市の西北部に位置する藤野エリアは、四方を山に囲まれ、相模湖をはじめとした水と自然が豊かな土地だ。それと同時にアートの町としても知られている。そもそもは第二次世界大戦の折りに、藤田嗣治をはじめとした芸術家たちが疎開してきたことがきっかけだったという。都心から至近でありながら自然に恵まれたこのエリアが、芸術家たちを惹きつけたことは容易に想像できる。

アーティストの中瀬萌さんは、両親が芸術大学出身でここにアトリエと自宅を構えていたことから、この土地で生まれ育った。成長して都心での生活も経験したが、再びここに帰ってきた。

自然のエネルギーを感じる画法

「最初は点描画みたいなものをずっと描いていて、そこから色彩へと移っていきました。始めは東京で、ボールペンで白黒の点描画を描いていた。

こっち(藤野)に戻ってきてから、意識的にこういう自然の景色を見ていたりして、“色使おう!”というより、自然に手に取っていた。それは、見たものを残しておきたい、記憶を留めたいからというのが強いですね」

中瀬さんの主な画法の土台は、エンカウスティークという蜜蝋を溶融して色素と混ぜて描くという古代から伝わるもの。そこから現在は、独自の方法で新たに密猟を多様な方法で作品に落とし込んでいる。

「蜜蝋の塊って熱で溶けない限りは、何千年と安定している素材。だからミイラに使われていたり、アテネとかギリシャ時代から画材として使われているんですよ。

その歴史がすごく好きだし、自然のエネルギーがめちゃくちゃ強い感じがする。蜜蜂が花粉を集めて、その分泌物から生まれた素材だから」



自然との関係を作る機会を提供したい

藤野に帰ってきてから制作活動も数年が経ち、中瀬さんはいま新しい拠点作りを始めている。

山梨県と接する相模原の西端、佐野川という山深いエリアにその建物はある。すぐ横には沢が流れており、近くにはその名も〈井戸〉という地区があって、昔から水が豊かな場所だということがわかる。

「ここの地域の人はみんな川の水を引っ張って生活しています。すぐそこに登山口があって、陣馬山、高尾山と山が連なっているんですよ。

トレイルランのコースだったりするので山をハイキングする時の休憩場所でもいいし、上にある福祉施設と一緒にワークショップをしたり、ミュージシャンを呼んだり、アートに関わることでも、そうでなくてもこの場所の幅が広げられればいいなと考えています」


こうした場所で育ってきたから、中瀬さんにとって自然は当たり前の存在だ。けれど、都心暮らしを経験して、街に住む人たちにとっては自然に向かうハードルがあることにも気づいた。

自然の中で何をしたらいいのか、山に登るにしても何を着て何を履いたらいいのか、これまで自然との接点を持つ機会がなかった人にとってはちょっとしたことでも障害になる。そうした人たちに自然との関係を作る機会を提供したいという。

「隠してたんですけど、全部真っ黒の作品だったり、トゲトゲした作品やギザギザの真っ黒とかみたいな作品もあった。それが変化してきたのが、こっちに戻ってきて山に入るようになってから。自分で気づかなかったんですよ。作品って自分の身体みたいなモノだから、後になってようやく気づく。あ、ここに筋肉ついたみたいな変化と一緒で。だいぶ気持ちが穏やかになったんだなみたいな(笑)。

それは自分が喧騒から離れて、一度自分と向き合う製作の時間を持って、自分と対話して、気持ちいい瞬間があるから、そこを直感的に伝えたいっていうか、伝えたくて描いているかはわからないけど、そういう意味で描いている」

そんな変化を受け入れている中瀬さんからは、暖かいエネルギーのようなものが溢れている。それは周囲にも伝わっているようだ。

「このあいだ10年来くらいの友達が連絡くれて会ったんです。なんで連絡くれたの?って聞いたら、“なんか幸せそうだったから”って言われたんですよ。走っていたり、山に行っていたり、自然の中にいることを知っていたし、絶対その影響があるなって思って、今良いイオンを発してると思ったから吸いたいって(笑)。

なんだか言葉を素直にありがとうっていう感じで。自分が意識していないところで、心地いい時間を人にも与えられているのかなと思って。

こうした生活だったり、環境にいることを知ってもらった上で、何かを始める人がいるかもしれない。ただ、そのワンステップの手助けになればいいなって」

CALM TALK 01 身体の痕跡を残す| 加々見太地(アーティスト)


加々見太地さんと話していると“身体の痕跡”とか“身体と世界のぶつかり合い”という言葉がたびたび飛び出してくる。美術の表現を彫刻というフィジカルな行為を伴うメディアからスタートし、登山を通して肉体の限界や環境とのギリギリのせめぎ合いを続けてきた彼だから自然と出てくる言葉なのだろう。仮にそうした過程を知らなかったとしても彼の作品からは、まぎれもないリアリティと普遍性が宿っていることが感じられるはずだ。

秋の長雨が続く週末、グループ展『踏み倒すためのアフターケア』でヒマラヤ遠征に出発する直前の加々見さんに話を聞いた。

作品作り自体がフィジカルな行為

秋葉原の外れにある〈アキバタマビ21〉で開かれていたグループ展『踏み倒すためのアフターケア』のステートメントには「特定の地域やコミュニティ、自然環境など、表現が生まれる場所と、その表現の関係を意識してみる。すると、場所固有のレギュレーションや、コミュニティへの不適応、場所に由来する他者の期待と表現の方向性の違いなど、矛盾や困難と直面する」とある。

このテーマの下に場所と作品の関係をモチーフにした5人の作家が集まった。加々見さんの作品は氷瀑を登るプロセスの写真と登山道具、氷に見たてた建築資材・スタイロフォームが組み合わされたインスタレーションだ。

「表現のフィールドが自然環境、山だったりするので、今回はこのアイスクライミングしている氷瀑。長野県の四阿山(アズマヤサン)という山で、そこは米子不動という100mクラスの滝がいっぱい断崖に連なっている日本有数の氷瀑エリアです。そこの滝のひとつで、〈正露丸〉って名前がついてるんですよ(笑)」

ユニークな〈正露丸〉という名前はクライマーが名付けたもの。この滝を登ることを思うと胃がキリキリ痛み出すという意味で付けられた名前だそうだ。作品について本人から解説してもらう。

「何から説明すれば良いかな…。僕はこれを写真に写っている人と一緒に登ったんですよ。僕は登りながら撮影している。1枚目の写真は奥に正露丸が見えていて、雪を掻き分けながらアプローチしている。次に、正露丸の一番下のところからパートナーが登っているところを、自分が命綱をもちながらカシャカシャって撮らせてもらって。僕も登って中段で撮影して、最後に一番細いところがここ。

僕の身体の移動というか、登るという行為に伴う景色の変化を写真で切り取っていって、それをインスタレーションとして展示している。

その写真のイメージだけじゃなくて、今回このスタイロフォームと呼ばれる、一般的な断熱材を用いて写真にマウントして、実際に登るときに使うアイスアックスとかアイススクリューを構成できるようにこの素材を使っています。

実際に使うカラビナとか、着けていたグローブ、着てたジャケットとか自分の身体の痕跡みたいなもの、自分が登って帰ってきて、ここで提示するっていうことをテーマにして展開しました」

加々見さんはこうしたクライミングの際も、嵩張って扱いも難しい中判カメラを用いて撮影している。作品作り自体がとてもフィジカルな行為だ。写真と実際に使った道具のマテリアルが一体となって、アイスクライミングという非日常が会場に浸潤している。加々見さんが体験した空気の冷たさや、クライミングの息遣いが伝わってくる。

自分と世界との出合い、摩擦

「原体験は両親とのカヌーやキャンプ、スキーとか。でも山じゃないんですよ。椎名誠とか野田知佑、植村直己の本も家にあった。それを小学校高学年くらいから手にとって読むようになって、星野道夫さんの本も読んだりして、なんかこの世界いいなっていうのが自覚的に自然いいなって思った最初です」

むしろ山登りは加々見さんが父親を誘って始めた。高校生の頃は足が遠のいたものの、美術大学に入ると再び山へ向かった。登山を教えてくれる人物との出会いもあって、冬山にも挑戦し、段々とアルパインクライミングを志すようにまでなった。

インタビューの日は、優秀な登山家に送られるピオレドールも受賞した登山家花谷泰広さんの公募するチームで、ヒマラヤの未踏峰に挑戦するためにネパールに旅立つ直前だった。

一方で、子どもの頃から描いたり、作ったりすることが好きだった。自然と美術大学に進み、立体が好きだったことから彫刻科を選択した。

「彫刻っていうメディアが、かなりフィジカルなところなんですよ。重力との戦いでもあるし、素材との戦いでもある。肉体的なところもあるし。モノを置くってどういうことかとか、それを建てるとか。そういう時にリアリティを感じるんですよね。身体と世界のぶつかり合いというか。それで何かを作る、伝える。

自然のアクティビティ、自然の中に深く入り込んでいく時にもそれをすごく感じるんです。自分の心身と世界との出合いみたいな、摩擦みたいな。それを感じた時に自分を感じるし世界を感じる。そこに僕は魅せられていて、大事だなっていう思いがある。

それと彫刻的なメディアとか、自然に入っていくアクティビティとかっていうのを、実は相性いいのかもっていうので色々やってる感じです」

彫刻というフィジカルな手段からスタートした加々見さんの作品は、手法にこだわらず場所や自然環境と自身の身体の痕跡を都度都度表現しながら発展を続けている。

環境に対してできるのは愚直に表現し続けること

今回は服から再生したポリエステルで作ったHERENESSの〈CALM〉シリーズのキャンペーンに登場してもらった加々見さん。軽くて空気を含み暖かい〈CALM JACKET〉は登山の際のミッドレーヤーに最適だと語ってくれた彼に、最後に環境との関わりについて聞いてみた。

「僕が個人的にやれることは、自然と深く関わりを持ったアクティビティをしてるわけですから、その身体感覚を共有するということ。多分、全部そこからだと思うんですよね。その想像の届かない範囲のことはケアできない。だから、環境破壊とかが起こっているわけで。

みんな、誰しも目の前のその人を大事にしようと思っている。やっぱり、それの繰り返しじゃないですか。

例えば欧米諸国の先進国で環境を守ろうと言っているのも、その延長線上だし、途上国がCO2を排出しながらも豊かになろうとしているのは、その国を豊かにしようとか家族を豊かにしようっていう人間の行動原理なので、僕は全く否定できない。

それと同じように、自然環境も、目の前のこの景色を大事にしようとか、この自分に豊かな体験をもたらしてくれる山を大事にしたいなっていう、目の前の愛みたいなところからしか何も変わっていかない。

自分が愚直にやっていくことは、このような展覧会をするとか、発信っていうことだけ。僕ができること、言えること、語れることっていうのは、それでしかなくて。偉そうなことは言えないです」

(プロフィール)
加々見太地

1993年、神奈川県生まれ。 2020年、東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。 自身の身体で感じた世界や自然を通して、彫刻や写真を発表している。 登山活動にも力を入れており、ヒマラヤやアラスカでの登山を経験。

働き方は自分で作ってきた NOMURA SHOTEN 野村空人

HERENESSではこれまで心地よい着心地を生み出す技術や生産におけるサステナビリティの知見をスポーツウェア開発で培ってきた。今回それをより広い分野にも応用するべく、日常着にも製品カテゴリーを拡張した。
そうすることで、アパレルにおけるサステナブルな生産や責任あるものづくりをより多くの方に知ってもらい、その価値が普遍的なものになる礎になると考えただからだ。

そして、その第一弾である〈UNDERCURRENT JACKET〉〈UNDERCURRENT PANTS〉は、コロナ後のワークスタイルを考慮した現代のワークウェアを想定して作ったものだ。フォーマルとカジュアル、内と外を行き来する柔軟な働き方を想定している。ちなみに名前の由来はビル・エバンスとジム・フォールによるJAZZの名盤『UNDERCURRENT』から拝借した。働く時間が日常生活の底流に流れる大事なものだと考えたからだ。そして、その時間はこのアルバムの紡ぐ音のように心地よいものであって欲しい。

そんな現代的な働き方を実践する人物として今回登場していただいたのが、HERENESSの新しい拠点、元浅草のご近所に時を同じくしてオープンした立ち飲みリカーショップ〈NOMURA SHOTEN〉のオーナー野村空人(のむら そらん)さんだ。

バーが変化する場に立ち会ってきた

バーテンダーの確かな技術を背景にブランドアンバサダーや店舗プロデュース、ディレクションを務め、今回自身のスペースとして〈NOMURA SHOTEN〉を立ち上げた空人さん。まずは彼が、今に至るキャリアパスについて伺った。

「芸術大学に行きたくて勉強してたんですけど、結局行けなかったんですよ。それで家を出ようってなった時に、海外留学をしようということでロンドンに行った。最初は英語を話してチャレンジすることが怖かったんですけど、だんだんそれが心地よくなって、やっぱり日本語じゃないところに身を置いてよかったなっていうのはありました。2005年頃のことなんですけど、物価が高くてすぐに働かなきゃってなりました。実家が飲食をやっていた背景もあって、働き始めたのがバーだった。誰も知り合いもいない中でその世界に入って、コンフィデンス、信頼を得て気持ち的にもゆとりというか、あ、いけるなと思えたのが2009年くらいですね」

7年のロンドン滞在の中で、最後の2年間は彼の地のバー文化の変化にも立ち会うことができた。英語のできる日本人バーテンダーという立ち位置もあり、横のつながりも広がっていったという。

「それまで高級なバーはあったんですけど、カジュアルなバーが増えていった。ヨーロッパなので周辺から多様な背景の人たちが入ってきて、新しい動きが出てきたところに立ち会えた。その後、NYを経て帰ってきたんですが、日本ではカクテルがスペシャルなものに留まっていると感じました。僕らにとっては非日常で遠すぎる。それをなるべく近い場所におきたいという思いを持ってきた。僕が海外にいるときに思っていたことは、すぐそこに美味しいお酒がいつもあるということでしたね」

そのギャップを埋めるのに役立ったのが、帰国して間もなく得たスカンジナビアンスタイルでカクテルやコーヒーを提供するノルウェー発の〈FUGULEN TOKYO〉でのバー・マネージャーというポジションだった。

「デンマークはよく行っていたんですけど、ノルウェー、北欧のカクテルの文化は知らなかった。結構日本に近しいものもありつつ、どこか発想が全然違った。ハーブとかの使い方がうまくて昆布なんかも使うんですよ。ありとあらゆる食べ物のフレーバーをうまくお酒に転換する。洋酒だけじゃなくて日本のプロダクト、焼酎とか日本酒とかとの合わせ方がうまかったですね。

僕は元々日本のバーテンダーを全く知らなかったので、なるべくいろんなところに顔を出して横のつながりを作ることも頑張ったかな。そのおかげで結構基盤になってみんなと仲良くなった。僕は38歳なんですけど、その辺がバーテンダーが一番多い世代で。そこはちゃんと横のつながりを作って、後輩たちを知って、またその後輩たちが後輩を作ってっていう。すぐにいろんな良いバーテンダーに出会えるような場の関係性を作りました」

コミュニティを構築し、新しい働き方を作る

この横展開が日本の新しいバー文化のベースとして機能していく。バーテンダーのコンペティションに参加したり、その仲間を応援したり。後閑信吾氏のようなコンペティションで活躍したバーテンダーが営む〈The SG Club〉のようなバーも誕生していった。一方でコンペティションに参加しなくてもバーテンダーが名前を知られるようになるといったシーンの厚みも増していった。その中で空人さんは、コンサルティングという働き方も確立し、代々木上原の〈No.〉、表参道の〈GYRE〉、兜町〈K5〉のバー〈Ao〉などの立ち上げに関わっていく。さらにはメーカーのアンバサダーという、それまで日本にはない職業も生み出していった。

「〈KYRO GIN〉というフィンランドのGINなんですけど、このアンバサダーを3年くらいやりました。ブランドの方がFUGLENに来てくれて、世界のバーテンダーのギャザリングの場があるからぜひ来てって呼ばれたんですよ。ラップランドという北極圏まで行って白夜の体験をしたり、チームでGINをブレンドしてブラインドテイスティングして美味しいねってなったものが製品化されるみたいな体験。それがすごく自分の中でもいいなぁとなって。

FUGLENを辞めるタイミングで、アンバサダーをお願いされました。啓蒙活動みたいな感じで人を呼んで試飲をやったり、イベントに行って〈KYRO GIN〉を使ってお酒を作ったり、ゲストシフトといって有名なバーに行って、〈KYRO GIN〉しか使わないような事をやる。こんな活動を3年くらいやりました。

その当時日本にはアンバサダーという業務は誰もやっていなくて、僕が一番初めだった。フリーランスっていう言葉も、僕らが作ったといっていいと思う。良くも悪くもバーに知名度はあるけど人に知名度はないという状況だった。そこのブランディングみたいなところはできるなと思って。誰もやってないからやってもいいんじゃないかなって」

こうして空人さんは、“働き方”自体を作っていった。バーテンダーにバーで終わってほしくない。香りや味がわかるから、そうしたディレクションも出来る。バーの外に出て、どんなことが出来るかを自らが体現していった。

体験できて、買うことができる場所を

そんな良い流れの中でパンデミックが起こった。その中で立ち上げたのが自身の場所である〈NOMURA SHOTEN〉だった。

「この先、withコロナの世の中でどのくらいの人がバーに戻ってくるのかと考えた時に、難しい面はあるだろう。だったら、体験出来る場所を作ってあげて、しかも買える場所にしたほうがいい。実体験できる場所ってどこだろうなと思った時に、日本だと角打ちスタイルがある、立ち飲みとしてビールも面白いだろうしワインもあれば面白いだろう、色々あった方がいいかなぁと。そこに自分がプロデュースしたモノもちゃんと置けるような場所を作ろうと思って、去年の始めくらいから企画しました」

今後はお酒の製造やブレンドなどにも関わって行きたいという空人さんに“働くこと”について聞いてみた。

「働くことは生活の一部なんですよね。自分のお店ですし、お酒を作ることは全然苦でもないし、この場所をどう良くするか頑張っている。働いている感じはしないです」

働き方そのものを作ってきた空人さんだからこそ、仕事は生活の一部であり自分の一部となっている。そんな自然体の働き方を確立することが、誰にでもできるという訳ではないだろう。しかし、働くことを好きになり、心地良い時間にしていく努力は誰もができるはずだ。空人さんの作ってくれる心地よさが溶け込んだお酒を口にすると、自分の働き方を見つめ直してみたくなるかもしれない。

8/26〜28 東東京でPOPUP STORE を開催!

実はこの元浅草は、この春にHERENESSが移転し拠点に定めた地です。以前から盛り上がりを見せる蔵前や、観光客で賑わう浅草からすこし足をのばす必要がありますが、近所には人気バーテンダー野村空人さんが手掛ける立ち飲みの〈NOMURA SHOTEN〉や、NYスタイルのピザを提供する〈MAPLE PIZZA〉がオープンしたりと、これから楽しくなってきそうな場所なんです。わたしたちは、ここに常設ストアの立ち上げ準備をしていますが、いち早くこのエリアをみなさんにご紹介したいと思いPOPUPを企画しました。

サステナビリティと製品クオリティのバランスという面で同じ志を持つ〈OVERVIEW COFFEE〉の矢崎智也さんを迎えてのトークイベントや、〈NOMURA SHOTEN〉とのランイベントも同時開催します。ぜひこの機会にHERENESSと元浅草の魅力を発見しに足を運んでみてください!

【POPUP STORE】
場所:
東京都台東区元浅草3-20-12 1F HERENESS
銀座線 田原町駅 徒歩10分
つくばエクスプレス 新御徒町駅 徒歩10分

日時:
8月26日(金) 12:00〜18:30(トークイベント 19:00〜)
8月27日(土) 12:00〜18:00
8月28日(日) 10:00〜16:00 (ランイベント 16:00〜)

【トークイベント】
『サステナビリティとクオリティ』 with OVERVIEW COFFEE 矢崎智也さん

コーヒーの栽培方法を見つめ直し、土壌の再生と気候変動の問題の解決へ寄与することをミッションに発足したスペシャルティコーヒーロースター〈OVERVIEW COFFEE〉。ここでマーケティングを務める矢崎智也さんは、HERENESSを愛用してくれている熱心なトレイルランナーでもあります。コーヒーとアパレルという違いはあれど、サステナビリティとクオリティのバランスを志向するわたしたち2つのブランドの現在地を語り合います。

日時:8月26日(金)19:00~20:00
場所:東京都台東区元浅草3-20-12 1F HERENESS
ゲスト:矢崎智也さん(OVERVIEW COFFEE)
参加費:¥500(コーヒー1ドリンク付き)
エントリー:こちらのURLから
✳︎キャパシティの都合上、抽選となります

【ランニングイベント】
『RUN with HERENESS & NOMURA SHOTEN』

人気バーテンダー野村空人さんが手掛ける立ち飲み〈NOMURA SHOTEN〉を起点に隅田川など元浅草、蔵前エリアを5〜6kmのクルーズラン。走り終えたらもちろん〈NOMURA SHOTEN〉で一杯!斜向かいの〈三筋湯〉で汗を流すのもおすすめです。

日時:8月28日(日)16:00~18:00
集合場所:東京都台東区元浅草3-20-12 1F HERENESS にて着替え後移動
参加費:¥1,000(1ドリンク付き)
エントリー:こちらのURLから
✳︎キャパシティの都合上、抽選となります

HAGIさんは、なぜGMRC(Good Morning Run Culture)を主催するのか?

登録者数3万人を超えるYoutubeチャンネル『HAGIRUNちゃんねる』を運営するHAGIさんは、最近〈GMRC〉というモーニングランを主催している。毎週1回、朝6時に集合して6km程度を約45分間かけて走る。取材に伺った時には平日の早朝にも関わらず30名近い参加者で賑わっていた。

「走ることが目的じゃないんですよ。〈GMRC〉ってGood Morning Run ClubとGood Morning Run Cultureって2つの意味を設けてやっているんです。走ることは手段で、目的は充実したライフスタイルを送ることなんですよ」

朝早く起きることによって1日が有意義に使える。そのためにいつもより1時間、2時間早く起きて、汗をかく。走ることが目的じゃないという程よい緩やかさが、コミュニティの継続に繋がっている。

「朝ランニングって継続しにくいじゃないですか。これが毎日だったらこんなに集まらないんですよ。週1回木曜6時ってきめることによって、みんなが週に1回なら頑張ろうってなる。それでいいんですよ。週に1回木曜日は有意義に使いましょうってことでこれ以上増やさないようにしています」

この日は自転車で参加する人もいた。ペーサーなのかと思いきや、怪我をして走れないメンバーが自転車で参加していたのだそうだ。

「走ることが目的じゃないからくるんですよ。充実した1日にしたいために来てるので自転車でも全然ウェルカムなんですよ。この間なんか原付で来てる人もいて、それはちょっとどうかなって感じでしたけど(笑)」

ランニングを再発見した

そんな緩やかなコミュニティを主催するHAGIさんだが、中学から大学まで陸上競技に真剣に取り組んできた。大学時代は箱根駅伝出場をかけた熾烈なレギュラー争いも経験して、卒業後は二度と走らないと心に決めたほどだった。

「辞める勇気すらなかったってくらい追い込まれました。全種目において1秒を削り出すってことしか考えられなかった。それ以外は、“無”です。あと1秒削るには、1kg痩せなきゃなあ、このカレーライスおかわりしたら太るなとか、大学4年間の全てが1秒を削るためにあった。引退してから10年間走らなかったです。信号の点滅さえ走らない。青のチカチカさえ俺は走らないってくらい走るのが嫌で」

ある時、そんなHAGIさんのように大学時代に頑張りすぎて、ある意味燃え尽きてしまっていた仲間の中で、走ることが再燃する機会があったそうだ。

「いまは“ランニング”って普通に使いますけど、以前の僕には“陸上競技”しかなかった。ファンランなんて聞いて、え?速くならないために走る意味あるの?って。

それが、時計って別にいらないんだよとか。郵便局まで走るとか、コンビニまで走って行くみたいな、ちょっとでも汗流すのが楽しいんじゃないっていう。ランニングって言葉を初めて知って。それは僕にとって新しい概念だったんですよ。衝撃でした」

着用サイズ(モデル身長170cm)
AIRLY COTTON TANK(MEN) Sサイズ ¥7,700
SUGARCANE SHORTS SIX INCH(MEN) Sサイズ ¥12,000

ランニングの喜びをシェアする

そこからは早かった。競技時代に培った知識は、新しく触れ合うようになった市民ランナーには有益なものが多いことに気づくと、コーチングやYoutubeを通じて、それをシェアするようになる。それは喜びの声として、HAGIさんに届き“ランニング”を通じて多くの人とコミュニケーションすることはHAGIさんのライフワークとなった。

「最初僕の中で、当たり前だと思っていたことが市民ランナーの方達にとっては当たり前じゃなくて。僕は当たり前のことを言ってるけど、みんなそれを聞いて勉強するっていうことで喜んでもらえる。僕なんかの知識ですけどそれを発信しようとかお届けしようってことでyoutubeを始めたら、登録者が3万人くらいになった。そこから、HAGIさんが引っ張るランニングクルーとかほしいとか、今回のGMRCも僕が主導してやるとみんながついてきてくれる」

始まったばかりのGMRCも朝ランのカルチャーを広げるための第一歩だ。

「1時間早く起きると目が冴えてるし、頭も冴えてるし体も仕上がっていい顔してるからプレゼンも上手く行くし、そういう使い方をしてほしい。朝ランニングの文化を広げるために、Good Morning Run Cultureって名付けてやっています。今は〈GMRC〉っていうと丸子橋でって感じですけど、いろんな場所に〈GMRC〉を広げたい。走るだけでなく充実した1日を過ごしましょうっていうテーマのもと、朝ランニングを広められると嬉しいなって思ってます」

HERENESSの製品について

最後に、Youtubeでも取り上げてくれたHERENESSの製品について伺った。

「元々ブランドは気になっていました。普段の私服とかもシンプルな無地がめちゃくちゃ多いんです。1枚でサマになるのが好きで結構着てるんですけど。

その時にHERENESS(ヒアネス)ってブランドを見つけて、ポップアップにお邪魔させてもらって、メリノウールT(SMOOTH WOOL T‑SHIRT)を購入しました。トレイルランニングを始めた時にメリノウールがすごく良いって聞いていて、無地でシンプルなデザインが気に入って。後々聞いたらすごいこだわってることを知りました。冬のインナーにも使えるし、1枚でも着れるしそういった面で活躍させてもらってます。それでYoutubeにも取り上げさせてもらいました。

今回のコットンのこれ(AIRLY COTTON TANK)、超絶アツいです!コットン地がもの凄く好きで、普段のランニングもコットン100%って着たりするんです。遊んでるの、って思われたりするけど僕は格好いいなって思っていて。コットンをハードなトレーニングでも使いたいなって思ってた中でこれを発見したんですよ。忖度なしでこれはアツいです。ウェアがシンプルだからシューズで遊べそうなのもいいですね」

萩原 裕磨(HAGI)
YouTube登録者3万人を超える人気ランニング系ユーチューバーHAGI。
年間100足以上のランニングシューズを履く”Running Shoes Freak”として有名でランニングシューズレビューは人気コンテンツ。
また、自身もランナーとして活躍する傍ら、朝ラン文化を広めるGMRCの主催やその他ランニングスクールやオンラインサロンの運営などランニング事業を幅広く行っている。
Instagram @hagi_running
Youtube HAGIRUNちゃんねる

THIS IS HOW WE CREATE No.001 SUGARCANE SHORTS SIX INCH

HERENESSの製品がどんな発想から形になっていくのか。その様子をみなさんにシェアする連載『THIS IS HOW WE CREATE』。第一回は、定番アイテムSUGARCANE SHORTS をモディファイしたSIX INCH。仮想Q&A方式でお届けします!

Q.既にSUGARCANE SHORTSを販売している中で、新しくSIX INCHを作ったきっかけを教えてください。

ブランドの立ち上げ時から販売しているSUGARCANE SHORTSはランニングとライフスタイルをバランスよく体験するためのアイテムでした。
それを支持していただいてHERENESSの定番アイテムとなっているのですが「もう少しランニングに特化した丈の短いものも欲しい」という声も頂いていました。

実はスタッフの中には、スピードを出したり少し負荷の高いランをする時には、ウィメンズの大きなサイズを履いて走っている男性もいて、それがすごく調子が良かった。そこでメンズでも丈の短い物を作ろう!となったのがきっかけです。

ランニングショーツは3、5、7インチの刻みで出ているものが多いので、あえてその中間を狙って6インチ。そして商品名は英語表記(SIX INCH)にして、丈感のこだわりをアピールしています(笑)

Q.丈以外にもSUGARCANE SHORTSとの違いはありますか?

見た目に大きな違いはありませんが、寸法などはサンプル作成を重ねて微調整しました。SUGARCANE SHORTSは全体的にルーズなシルエットにしていますが、SIX INCHではウエスト以外の箇所、特にワタリや裾幅を少し絞っています。

Q.スリットも入っています。

裾幅を細くしたので、人によっては足を上げた時の引っ掛かりが起きてしまわないように、小さなスリットを入れました。
もう少し深いスリットのサンプルも作成しましたが、見た目の印象が変わってしまったので、極力ミニマルにしたいと考えてのこの長さです。
もともとこのサトウキビ由来の生地には伸縮性もあるので、今回のSIX INCHの方がそれを感じてもらえるかもしれません。

Q.後ろのポケットは従来のものと変わりなく?

スマートフォンサイズの腰ポケットはポジティブな意見が多かったので、SIX INCHにも同じサイズで採用しています。
サイドに関しては、パターン修正によって少し前の位置にずらしています。気づいてる方もいらっしゃるのかな。物を見比べて、「言われれば確かに」という感じです。

Q.開発で大変だったことはありますか?

SUGARCANE SHORTSの型違いといえど、結果的にサンプルも数回作りました。
一番の目的は股下を短くすることでしたが、従来の履き心地の良さから大きく変えたくはなかったので、時間は思っていたよりかかりました。
0から新しい商品を開発するのと違って、生地も決まっているし、既に作った商品のブラッシュアップと思ってましたが、結局、新商品の企画と同じくらいの労力を注ぎました。

Q.どんな人にどんな場面で着用して欲しいですか?

ショーツのサイジングの好みは人それぞれなので、短めのショーツが好きな方には気に入っていただけると思います。既にSUGARCANE SHORTSを持ってる方も、少しハードなランやレースにも使っていただきたいです。もちろんランニング以外の普段使いでも履けるようにしています。

今後もショーツに限らず、定番商品をどんどんバージョンアップしていきたいと考えています。機能はもちろんですが、カラーバリエーションも増やそうと思っているので、楽しみにしていただけたらと思います。

HERENESSを体感するイベント YOGA&RUN 開催

一般にはなかなかクロスオーバーしないヨガとランニングを有機的に組み合わせたプログラムを体験いただけます。ランを始める前のウォームアップヨガに始まり3.5kmのジョグ、そしてクールダウンヨガへと繋がる約1時間のプログラムです。

定員は15名、以下のフォームよりエントリーいただき、抽選結果に関しては12月17日12時の当選メールにてご連絡差し上げます(当選者のみにメールでご連絡いたします)。イベント開催に際しては感染対策に留意して行います。

実施日 : 2021年12月19日(日)

定 員:15名(抽選)
場 所 : tefu yoyogiuehara

時 間 : 10:00~12:00

(予定)
インストラクター:木曽夏希

HERENESS 東京ではじめてのポップアップストアを開催します

2021年11月6、7日、12月18、19日は代々木上原tefu yoyogi uehara(東京都渋谷区西原3-1-10)にて、11月20、21日は下北沢reload(東京都世田谷区北沢3-19-20)にて開催します。ポップアップストアではHERENESSの全ての商品をご覧いただき、その場で購入いただくことが可能です。オンラインではなかなかお伝えしきれない着心地を体感いただく絶好の機会となります。

あわせて11月7日と12月19日にはヨガとランニングを組み合わせたオリジナルプログラム「YOGA&RUN」を体験いただくイベントも開催します。みなさまにお会いできるを楽しみにしております。

HERENESS
サインについて

ポップアップの目標となるサインは諏訪にあるREBUILDING CENTER JAPANに依頼し作成したものです。取り壊しになる古民家の木材を「レスキュー」し、再利用して作られました。再生繊維を積極的に取り入れるHERENESSのメッセージを込めています。

イベント「YOGA&RUN」も同時開催

HERENESSのミッションは「体を動かすことの喜びを少しでも多くの人に伝えること」です。今回のポップアップではこのミッションの実現のためのイベントを開催します。詳細及びエントリーはこちらからご確認ください。

実施期間 : 2021年11月6日(土)-11月7日(日)

場  所 : tefu yoyogiuehara
 東京都渋谷区西原3-1-10 https://www.te-fu.jp/uehara/
営業時間 : 12:00~19:00(7日は18:00まで)


実施期間 : 2021年11月20日(土)-11月21日(日)

場  所 : reload 下北沢 メインエントランス 東京都世田谷区北沢3-19-20 https://reload-shimokita.com/
営業時間 : 11:00~20:00

実施期間 : 2021年12月18日(土)-12月19日(日)

場  所 : tefu yoyogiuehara
 東京都渋谷区西原3-1-10 https://www.te-fu.jp/uehara/
営業時間 : 12:00~19:00(19日は18:00まで)


取扱商品 : REAL WOOL FLEECE等、HERENESS全商品


tefu yoyogiuehara
 11月6-7日、12月18-19日開催

reload
 下北沢 11月20-21日開催

理想の動きを求めて
MOMOKO AKIYAMA

おっとりとした話ぶりからはとても第一線で勝負していた陸上選手だったとは思えない。おしゃれが好きでイラストを描いたりアクセサリーを作ったりといった側面も一般にイメージするアスリート像とは少し違っている。けれど彼女は、2020年青梅マラソン10kmの部で33分29秒で優勝という結果を残し、現役を引退したばかりのランナーなのだ。

3年半の実業団時代はちょっときつかった

「引退はずっと考えてました。一年目からタイム的にも気持ち的にも追いつかない部分があって、お金をもらってやっているのになんで結果に結びつかないんだろうって。やっぱり結果が全ての世界で。まだそういう時期じゃないから、これからだから大丈夫っていってもらってはいた。でも引退した年(2020年)の日体大の記録会で自己ベストが出て、青梅マラソン10kmでも優勝したのに全然嬉しくなくて。それまではやっぱり自己ベストが出たり優勝したりしたら当然嬉しかったんですけど、なんとも思わなくなっていて。これは何か違うのかなって思い始めて」

そこで秋山さんはチームに休みをもらい、母校の高校の練習に参加する。

「チームから離れて、でも走りたい気持ちにはなるので、高校の先生にも相談して合宿に参加させてもらったんです。走るのが楽しいという気持ちは残っていて、休んでいた分を取り戻すようにして走りました」

その後、実業団に戻ったがやはり気持ちは戻らなかった。秋山さんは決して成績が下がっていたわけではなかった、むしろ自己ベストを更新し、大会優勝まで成し遂げていた。ただ彼女には「職業として走る」ということがうまく体に馴染まなかったということなのかもしれない。

動きづくりにハマる

筑波大学時代から練習メニューを主体的に組み立てるということが求められたという秋山さんが、競技生活を通して特にこだわったいたのが「動きづくり」、いわゆるランニングフォームや走りの効率を高めるランニングエコノミーの分野だ。

「競技生活を通して調子が良いと感じたのは、動きが良くなっていった時。大迫傑さんみたいな動きをしたかったので、ビデオをたくさん観たり、自分でパーソナルトレーナーを探して通って、こうやって動かすんだって感覚がわかるようになってきた時の練習はすごく充実していました。

上半身と下半身の連動がうまくいくっていうか、いかに前に楽に進んでいけるかっていう感じですかね。それが自分の中で合致した時に楽に走れる感覚が生まれて、どんどん改善していった。

世界で勝負できるケニア人選手の動きをよく見ていました。接地のしかたとか、膝の向きや入り方を注意して見たり」

他の選手の動きも観察しながらマニアックに動きを追求していた秋山さん、現役時代のベストレースは?という質問に対しても良い動きができた試合をあげてくれた。

「2019年、最後に出場したクイーンズ駅伝なんですけど、その時は動きがハマりました。やっぱり最後はきつかったんですけど、全体的に力が抜けて走れていて、前の選手にもどんどん追いついて気持ちよく走れた試合でした。やっと自分の理想の動きができてきたなって感じでした」

作ることが好きで支えになった

秋山さんのインスタグラムをのぞくとポップなイラストや手作りのアクセサリーなどの投稿がたくさんあがっている。

「何かを作ることは元々好きだったんですけど、少し気持ちが落ちている時に突然母親から指輪でも作ってみたらって勧められて。全く知識もなかったんですけど、道具を一式買ってはじめてみたらすごく良いものができたんです。それでもっときちんとやってみようかなって。いまは欲しいっていってくれた人には材料費だけもらって作ってあげたりもしています。実業団に所属している頃はイラストもそうですし、何かを作るということが支えになっていましたね」

作ることやファッションが好きで、HERENESSのハーフタイツを日常でも着こなすという高度なスタイリングも楽しんでいる秋山さん。実業団を引退し、これからはウェアの着こなしも自由に楽しみながら、その美しいフォームで自分のために走りはじめる。

秋山桃子 身長163cm
TOP画像
SMOOTH WOOL T‑SHIRT(UNISEX) (WOOL BEIGE) Sサイズ ¥9,900
Econyl®︎ HALF TIGHTS(WOMEN) (BLACK) Sサイズ ¥8,800

記事内画像
CLASSIC RACE SINGLET(WOMEN) (THUNDERHEAD GRAY) Sサイズ ¥7,700
CLASSIC RACE SHORTS(WOMEN) (THUNDERHEAD GRAY) Sサイズ ¥7,700
✳︎価格は全て税込

意味があることだから頑張れる NOBUYUKI SHIROI

ブレイクダンスで世界を旅してコーヒーに目覚める

白井さんの10代はブレイクダンスと共にあった。12歳という若さでダンスと出合い、天性の身体能力もあってか世界大会を連戦するまでになる。それが10代の若者だった彼の見聞を広めるのに大いに役立った。そして、ライフワークとなるコーヒーとの出合いもそうした旅を通してのことだった。

「ノルウェーの大会に行ったんですよ。そのときにコーヒーとの出合いがあって、そこからですね。高校生の頃から眠気覚ましでよく某チェーン店のエスプレッソとかは飲んでましたよ、苦い!って思いながら(笑)。その流れでノルウェーに行った時にコーヒーを飲んだ。それは極端にいうと酸っぱいコーヒーで、それがすごく衝撃的だったんです。そこから生きていくために仕事をするならコーヒーかなって」

これまで打ち込んできたダンスからコーヒーへの急転換、それほどこの時に味わったコーヒーが衝撃的だった。だから白井さんは、帰国するなりすぐ行動に移した。

「ノルウェーで現地の友人が連れて行ってくれたのが〈FUGLEN〉だったんです。そのときたまたま日本人のスタッフがいて、日本にも店舗あるよって教えてもらった。だからすぐ探してメッセンジャーでオーナーに連絡したら、会うチャンスをもらえたんですよ。そしたら、周年イベントがあるから手伝ってって。急だな〜と思いながら、是非って答えて(笑)」

日本でもサードウェーブ・コーヒーの先駆けとしてもはや老舗感のある〈FUGLEN COFFEE ROASTERS TOKYO〉は、ノルウェーの首都オスロで1963年に創業したコーヒーロースター。コヒー産地の風味=テロワールを活かした焙煎と流通におけるトレーサビリティやサステナビリティを大事にしている。日本には2012年に世界2号店としてカフェがスタート、2014年には渋谷でロースタリーをオープンした。白井さんはここでバリスタとして5年弱を過ごすことになる。

「コーヒーの仕事も初めてだし、接客業自体の経験がなかったからわからないことだらけでした。最初の一年はコーヒーを提供するところまでも至らなかったですね。思い通りにならず悔しかったですけど、そこから自分でいろいろと調べて、検証してというのを繰り返していて気付いたら5年弱経っていました」

山梨への移住 新しい働き方

実際にコーヒーの産地へ足を運ぶ機会にも恵まれ、濃密な日々を過ごした白井さんだが、2021年甲府北口にあるコーヒースタンド〈AKITO COFFEE〉で働くべく、山梨移住を決意する。

「自分の中で変化を求めていたんですかね。もっといろんな場所を知りたいし、いろんな文化に触れて価値観を広げたくて。ご縁があって〈AKITO COFFEE〉のオーナー丹澤亜希斗さんと話す機会があり、まさか山梨に越してくると思わなかったですけど、これもタイミングですね」

〈AKITO COFFEE〉は、丹澤亜希斗さんがひとりで始めたコーヒースタンド。2019年には味噌蔵を改装した焙煎所〈TANE〉もオープンした。スペシャリティコーヒーの文化を山梨にもたらし、地元に根づきながらも全国各地からこの店を目当てに人が訪れる場所にもなっている。

「働いていて、農家さんから野菜をもらうとか差し入れをもらうとか、東京でもありましたけどこんなにも頻繁にあるのか!って。お客さんの幅も広いですよ、ちっちゃい子も来ますし」

その言葉通り、平日の昼間にもかかわらず撮影の合間にもひっきりなしにお客さんが訪れる。年齢も性別もきっと職業も様々、みなスタッフと親しげに会話を交わす様子から生活の中に溶け込んだコーヒースタンドであることがみて取れる。白井さんがここでの仕事に満足しているがよくわかる光景だった。

意味があることだから頑張れる 全然苦痛じゃない

「ライフスタイルでいったら最高ですね。山も近いし、東京ではかけられない負荷を毎日かけられて。なぜか東京にいた頃よりこちらで一日中トレーニングする方が、疲労感もマックスで追い込めて最高なんですよ」という本人の言葉通り、白井さんはトレーニングマニアだ。高尾から河口湖を経て甲府まで200kmを走り込んだり、東京から4日間で熊本まで自転車を漕いだり、常人からは想像もつかないことをやってのける。けれど冒頭でも書いた通り、彼は楽しいからそれをやっている。

「小学生の頃から走るのは好きで走ってましたね、朝学校にいく前に走ったり。不思議なことに走ると楽しい、楽しさしか自分の中にはなくて。泳ぐことに関しても最初は苦手だったんですけど、高校生の時に気持ち次第かなって思ってプールに通い始めたら、あれ楽しいじゃん!って」

日本ではランニングをはじめとしたエンデュランススポーツは、部活動の罰走などで強制されてやる場合が多く、若い頃は嫌いになってしまうことが少なくない。白井さんの場合は、そうしたこととは全く別に、内在的な楽しさからエンデュランススポーツにのめり込んできた稀有な例だ。やがてトラックバイクとの出合いから自転車にも触れるようになり、トライアスロンという三種目競技に挑戦する土台ができていた。

「アイアンマンレースっていうすごい大会があるんですけど、そこに出ている人たちって本当に年齢層は幅広いですし、障がいを持っている人もたくさんチャレンジして完走している。それを見たのがトライアスロンをやろうと思ったきっかけです。やろうと思えば人間何でもできるなって。そこから学べることがある」

アイアンマンレースはスイム3.8km、バイク180km、ラン42.195kmの総距離226kmにも及ぶレース。過酷なレースでありながら、80代の完走者もいるダイバーシティに溢れた温かいレースでもある。

「コロナの影響もあってレースがキャンセルになってばかりでまだ実際にアイアンマンレースに出場できてはいませんが、チャレンジしたいなって。何にでも共通することだと思うんです。トライアスロンだけじゃなくて、仕事の面でも僕には目標がありますし、メンタル面で鍛えられると思います。トレーニングを通じて学ぶことがたくさんありますね」

どこまで話しても体を動かすことにポジティブで楽しさばかりが口をついて出てくる白井さん、彼に苦しいことはないですかと尋ねてみた。

「それはトレーニングは辛いことの方がたくさんですけど、それって意味のあることだから頑張れる。全然苦痛ではないです」

これを書いているいま(10月8日)も、彼はトレーニングを兼ねて八ヶ岳の全山縦走に挑戦している。温かいお客さんたちに支持されて働く環境と山梨の雄大なフィールドを得て挑む、白井さんのアイアンマンレースが楽しみだ。

NOBUYUKI SHIROI
HERENESS SUGARCANE LONGPANTS

調和を供す ヨガスタジオとレストラン
studio monk / monk

本当の自分に向き合える時間

大学生の頃に教則本やDVDなどを通じてヨガを体験したというエナさんは、自己流でありながらもその心地よさを実感していた。やがて社会に出て心と体の不一致を感じるようになった時、改めてヨガと出合いなおす。

「クラスを受けてみたときに、わたしバラバラだったなって気づいたんです。その当時は若かったこともあるし仕事が激務だったのでいつも疲れていた。仕事をしているときの自分とプライベートの自分、何が本当の自分なのか悩んでいた。それをいま言葉にできるならば、本質といわれるもの、自分の芯である部分をヨガの時間に感じてすごく気持ちがよかった。くつろげたっていうのかな。

やがて仕事を辞めることになった時に、もう少しヨガを深めてみたいと思った。そうしてティーチャートレーニングを受けたのがヨガの人生、生き方の始まりだったのかなって思います」

一方、義浩さんも料理のかたわらでヨガに取り組んできた。

「ヨガに最初に出合ったのは学生時代のバックパッキングでバリ島に滞在していた時。近くにスタジオがあるから行ってみるかって。その時の経験がすごく印象に残っていた。それで軽井沢のレストラン〈エンボカ〉で働いている時に友人の勧めでアシュタンガヨガをはじめました。

やがて京都に仕事で移ってきて、初めて自分のお店を任されて友達もいないしで悩みも多い時期だったんですけど、ヨガをしている時間だけがちょっとそこから離れて真っ白になれた。アシュタンガをめちゃめちゃ深めているというわけではないですけど、何かそのスタイルは好きだったんですね」

ふたりを結びつけたのもヨガだった。エナさんが、義浩さんのお店にお客として出向いた時の会話がきっかけだった。

「同じスタジオで練習してるんですねって話になって。毎週火曜日の早朝練習で顔を合わせるようになっていきました」

常に調和を選ぶ

ヨガを始めた頃はアーサナ(ポーズ)=ヨガという感覚だったというエナさんは、ティーチャートレーニングでヨガ哲学と出合い、ヨガだけに集中する海外での生活も経て、ヨガがアーサナだけでなく生き方全てに及ぶものだということに気づいたという。

「端的に言うと、生活の中でも常に調和を選ぶんですよ。わたし達は生きている中で、朝起きてから寝るまでずっと選択してますよね、AかBかみたいに。道だって右にいくか左にいくかとか、子どもにかける言葉ひとつとってもどう伝えるかとたくさん選択する機会があると思うんですけど、常にその中で調和を選ぶ、不調和を選ばないっていうのを一日中実践し続ける。

小さな選択ひとつひとつを調和を意識して行うことで、生活全体が良い方向に向かうようになりましたね」

一方でmonk=修行僧のようにあくまで料理を本分とする義浩さんは、ヨガを通じて得た集中力が仕事に活かされていると感じているそう。

「特に若い頃に考えたのは技術的なこと。少しでも料理がうまくなりたいって毎日思って暮らしていた中で、包丁を1ミリ動かそうと思ったときに、その1ミリを動かせるか、一転食材がゴミになってしまうかというコントロールも、ヨガをやってくことですごく変わっていくような気がしていた。

そしてやっぱりね、気持ちの面での集中力。お店でいろんなことが起こってる中で、集中力を良い状態に保ち、ゾーンに入れるかっていう部分でもすごく良いトレーニングだなって。トレーニングというとヨガに対して下心があるけど、本当にそれが自分にとってもっといい仕事をするための良いツールだなって思って練習をしてました。仕事から離れるための時間でもあったんですけど、仕事に直結する必要なもの大事なものでもありましたね」

人生のハンドルを握ったことはない

やがてヨガを通して出会ったふたりが、〈monk〉、〈studio monk〉という理想の場所を持つに至るのだが、実はそこまでの道のりは予め計画していたというようなものではなかった。

エナさんは働いていたスタジオのマネージャーという役割をいったん手放し、フリーランスのヨガインストラクターとして活動しようと考えていた。インドへ行く計画もあった。一方、義浩さんは任されていたお店〈エンボカ京都〉を卒業したところだった。

「そのタイミングでそろそろどこか海外に行こうかなと思っていたら、“赤ちゃんできたんだけどっ”て。じゃあ留まってお店をやるかって」

生まれ育った茨城や働いたことのある長野も候補にあがったが、やはりお店を開くなら京都だろうということになり物件を探す日々が始まる。

「サイズ感とか場所の感じとかばっちり理想がありました。京都の外れで緑もあればいいなって、その感じはちょっとずつ固まってきていて。妊娠8ヶ月くらいから物件探しをはじめて、無職ですし収入もなくて暗黒期だったんですけど(笑)。娘も生まれてきた頃にようやく今の〈monk〉の物件が見つかりました」

「本当に自然と流れ流されて」と笑うエナさんに、「(人生の)ハンドルなんて握ったことないよ」と義浩さんが返す。子どもを授かったことをきっかけに生まれたレストランとヨガスタジオが生まれてから5年、ふたりが根を張ったこの場所は地元で愛されるだけでなく遠方からも多くの人が訪れる磁力を帯びるまでになった。

みんなが自分自身にくつろげる場に

「いま自分の仕事としてやりたいこと、料理のあり方なり、表現の方法、お店として全体の表現の方法をそれなりに固めることはこの最初の5年間でできた。それをどんどんね、もっと5年、10年と深めていくことで、どんな世界が見えるんだろうっていうことが楽しみでもある。もっとどんだけ深い井戸を掘れるか、みたいなところはあります」と義浩さんは、手応えを感じているこの店と料理を成熟させていくイメージができている。

一方、エナさんはヨガを通してくつろぎを提供できる喜びを感じている。

「スタジオのキーワードになっているのが、お話しした〈調和=ハーモニー〉と〈明かりを灯す=エンライトメント〉、あと〈喜び=ジョイ〉なんです。

スタジオに来られた方がヨガに限らずこの場を通して、私が最初にヨガに出合った時のような心と体とスピリット=本当の自分、を統合していくような時間を自然に感じられたら。その人が本当に自分自身にくつろげて、生活に戻っていったときに周りの方にもそうした調和的な感覚だったり深い感動だったりというのが伝わっていく、そんなきっかけの場所になればいいなと思っています」

HERENESS YOGA COLLECTION


studio monk
606-8404 京都市左京区浄土寺下南田町147 monk2F
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Mail : hellostudiomonk@gmail.com
Tel : 050-3623-1853
Instagram : @studio_monk

monk
606-8404 京都市左京区浄土寺下南田町147
Tel: 075-748-1154
Mail: restaurantmonk@gmail.com

Dinner : 17:00~20:30(最終入店) 23:00 Close
日曜、月曜休み

つながりを取り戻す
リトリート

分けてしまうと偏りが生まれる

「今回のテーマは〈つながり〉だったんです。MIKAちゃんも前回のHERENESS MAGAZINEで話していましたが、今はわかりやすいという理由で〈わたしとわたし以外〉、〈精神と体〉、〈自然と人間〉って切り離されていると思うんです。ただそうして分けてしまったらどちらかが偏ってしまうよねって思っていて、そこを全部つなげられるコンテンツにしたいなって」

こうした思いをかたちにしたのが、登山とヨガ、“書く瞑想”とも呼ばれるジャーナリングを組み合わせたリトリートだった。

場所は八ヶ岳、ルートは麦草峠から白駒池を抜けてニュウを登り人気の山小屋黒百合ヒュッテで一泊、翌日は天狗岳を登って渋の湯へ下るというもの。標高2,000mまでバスでアプローチできる麦草峠は、登山口としてはかなり高い地点にあるので初心者でも無理がない。それでいて白駒池周辺の苔むした森や、天狗岳の勇壮な風景も楽しめるよく考えられたコースだ。

歩き出してすぐの白駒池にて 右が主催者の佐和子さん

「登山で自然の中を歩く、それは人間と自然界をつなげる役割をしてくれる。ヨガは体と精神をつなげる役目がある。ジャーナリングは自分のことを集中して考える機会ですが、実際は自分と自分以外の人との関係性の中で個が形成されていくという気づきに繋がる。それぞれ3つをつなげるコンテンツになればよいと思って組み立てました」

登山経験の豊富なMIKAさんが皆をサポート

初日のピーク、ニュウを目指す

ニュウから白駒池をのぞむ

全体を見て整えていくことが大事

佐和子さんが企画したこのリトリートは、自身の体験に根ざしたものだ。MIKAさん同様、東京から山梨に拠点を移し、書くという仕事と生活を地続きのものにしようと試みている。

「出版社に勤め、健康やスポーツに関わる媒体で働いていたので、自分の体や精神のケアの方法や知識はものすごく身につきました。インタビューする方もヨガの先生だったり、食に詳しい方だったり、心地よく生きてる方が多かったんです。

一方で自分を振り返ってみると、とても忙しい中で体調を崩すこともありました。人間関係もハッピーだったし、忙しい以外で悩みはなかったんです。でもふと時間をおいて自分の中に何があるかな、何を大切にしたいかなと思った時に、もう少し自分の環境を大切にしたいという気持ちに素直になってみてもいいかなって。

いまは何もしないでいるとデジタル世界にひたるとか数字やアルゴリズムにコントロールされるのがあたりまえになってくる。もう少しそこに自分の身体性を伴う行動を増やしていきたい。それはいまやっている畑もそうですし、すぐに山にアクセスできる環境もそうですし、運動もそうです。自分の内臓の感覚とかそういうものを指針にして生きていくスキルを身に付けたいなと思ったのが、移住の大きなきっかけです」

自然とつながり ひととつながる

こうした思いに共感して集まった参加者は20代〜40代、性別も国籍も様々な20名ほど。雄大な自然の中で体を動かすことで、心も自ずと開いていく。

「思ったよりもひとりで参加してくれた方が多かったんですが、みなさん分け隔てなくコミュニケーションをとっていた。常々、運動をしている時って性別だったり職種だったり、自分が今持ってるラベルと関係なしに距離が縮まるなとひしひしと思っていて。今回それを実現できた場だったと心底思いました。

ジャーナリングに関しても控えめにした方がいいんじゃないかと思って、シェアの時間とかペアになってのワークの時間とかあえて作らなかったんです。でも“もっと話しながらやりたかった”、“みんなの声をききたかった”っていうようなポジティブな答えをいただいた。いまは個人主義の人が多いのかなと思っていたんですけど、やっぱりなにか(つながりを)欲している部分があるし、受け入れる体制を持っているというところに気づかされたリトリートでした」

登山にヨガとジャーナリングを組み合わせ、心と体と自然をつなげるのがこのリトリートの大きな特徴

多くの人が心と体、自然と都市生活のバランスに違和感を感じている中で、〈つながり〉を取り戻すことで心地よい地点を見つける。そうした機会を提供する佐和子さんとMIKAさんのリトリートは年4回、四季折々を楽しめる企画を検討しているそう。早速、9月の終わりには2回目のリトリートが赤岳鉱泉で行われる予定だ。今後の開催情報などはふたりのインスタグラムアカウントで常時発信されるので、ぜひフォローを!

SAWAKO OMURA
MIKA SATO
HERENESS MOUNTAIN COLLECTION

On Running ランニングの合間に

Outlook
On Running ランニングの合間に

パンデミックの影響でメンタルや健康に不調をきたすことが多いと聞くが、幸運なことに、そうした悪いコンディションとは無縁のままでいられている。それどころか、体力もついてきて毎晩ぐっすり寝ている。食生活や会社が提供してくれるさまざまなWFH支援のおかげもあるのだろう。でも最も確実な理由は、運動不足解消のために始めたランニングにすっかり没頭していることだ。習慣の域を超えて、生きがいにすらなりつつある。



定期的に運動するのは実に約20年ぶりで、ランニングを始めたばかりのころは3kmでへばっていたものだ。近所の公園では、小さな少年や高齢者の方に何度も抜かれた。いまは徐々にペース配分と走り方を覚え、10kmを週3回走っている。観葉植物への水やりやゴミ出しと同じように、必要欠くべからざるものとして毎週の習慣に刻み込まれている。



ちょっと話が逸れるけれど、国際政治学者の藤原帰一さんの「映画を見る合間に、国際政治を勉強しています」というTwitterプロフィールがとても好きだ。東京大学教授まで務めるほどの自身のプロフェッショナル性を「映画好きである自分」が凌駕していることがセンスよく表現されている。そうした観点では、村上春樹さんの『走ることについて語る時に僕の語ること』に記されている、墓碑銘に「作家(そしてランナー)」や「少なくとも最後まで歩かなかった」と刻んでもらいたい、という一文も同じような話かもしれない。流石に墓碑銘に刻むほどのめり込むかはわからないが、ランニングには「ひょっとしたら自分もそうなるのでは」と思わせるほどの底無しの魅力がある。少なくとも、来年あたりには「ランニングの合間にLobsterrというメディアをやっています」などと言っているかもしれない。



ランニングの効用は数え切れないが、最も重要なのは精神性の回復だ。週末も『Lobsterr Letter』のエッセイを書いたり文章を読んだりしていると生活のなかで考えることの比率が高まり、純粋に何かを「感じる」時間は少なくなる。身体性や感情を無視してしまうことに慣れている自分がいる。ランニングはそうしたものを取り戻すためのリハビリとして機能する。走るごとに回路が生成され、世界を受け止めるための新しい細胞が芽吹く。



最近読み返している『BORN TO RUN 走るために生まれた』には、スポーツ医学や生物学的にいかに人間が長距離を効率よく走るための身体をしているのかが詳述されている。ばねのような脚、ほっそりした上半身、無毛の皮膚、太陽光を貯めにくい直立した姿勢などの人間の身体的特徴は、歩くためでなく(ましてや座ってディスプレイに向かうのではなく)、走るために最適化されているのだという。



先週、ランニングの大先輩たちと語らいながら、新緑が目に眩しい代々木公園を5周した。いつもより少しゆったりしたペースで走りながらかけてもらった「気持ちよければいいんですよ」という一言が忘れられない。「ランニングは身体や精神を解放するため」と言いながらも、週に3回という自分なりの決まりや、キロあたりのペース配分に気を遣うあまり、身体性を思考の配下に置いていた自分に気づく。走るときくらい良し悪しや規範、記録などをすべて脇に置き、季節に応じて空気や景色、脚にかかる心地よい負荷に耳を傾けていたい。──Y.S


『Lobsterr Letter』は、 世界中のメディアから「変化の種」となるようなストーリーをキュレートするウィークリーニュースレター。
コンパクトな文量で、 ロングスパンの視座を。 皮肉や批判よりも、 分析と考察を。 ファストフードのようなニュースではなく、 心と頭の栄養となるようなインサイトを。
目まぐるしく進む社会のなかで、 立ち止まり、 深呼吸をして、 考えるためのきっかけを届けている。
下記リンクから是非購読を!

www.lobsterr.co

自然(じねん)を求めて MIKA SAITO

北杜市への移住

「もともと夫婦でずっと山登りを続けていて、八ヶ岳やアルプスに都内から時間をかけて通っていました。自分たちのアクティビティの中に山はずっとあるだろうなというのがあって、だったら山に近いところに住みたいねという話はしていたんです。

一方で、できるだけ自給をしていきたい、家族で食べる分だけでも自分たちで、と思っていました。大学院が農学研究科だったので、農業に興味があって。それを実践するには都内ではないなというのがありました。北杜市には実際にそういう暮らし、パーマカルチャーというんですけど、その暮らしを実践するパーマカルチャーデザイナーの方もいるということで決めました。自分でもこの8月に神奈川県藤野にあるパーマカルチャー・センター・ジャパンというところに通って、パーマカルチャーデザイナーの資格を取る予定です」

パーマカルチャーは1970年代にオーストラリアで生まれた考え方。パーマネントとアグリカルチャーを合わせた造語で、永続的な農業及び暮らしを営むことを目的に具体的な実践とデザインが提案されている。日本でも神奈川県の藤野(相模原市緑区)のパーマカルチャー・センター・ジャパンや北海道余市町のパーマカルチャー北海道などでワークショップなどの啓蒙活動が行われているので、関心があればこのパーマカルチャーを学ぶことができる。

MIKAさんがこうした活動に関心を持った背景には、大学院の農学研究科で食や栄養学を学んだということがあるそうだ。大学院卒業後は、飲料メーカーで、ビールづくりに関わる研究職として勤務していた。

「朝8時からビールを飲んだりしていましたよ(笑)。そうした研究の仕事をしていたんですが、もっと自分で暮らしを作るということにシフトしたいと思い、仕事をやめて移住しようとなりました。

コロナでもスーパーで行列ができたりということがあったじゃないですか。それがなくなると生きていけない〈消費者〉みたいになっちゃうことが本当にいいのかな、という疑問があって。自分でできることは自分で作っていく生活がしたいなと」

旅で出合ったヨガ

自然な暮らしを求めるMIKAさんのルーツのひとつが旅。そしてその旅でヨガと出合った。

「大学院合格を機に1年間休学をして世界を一周しようとひとりで旅をしました。無計画だったので片道の航空券だけを買って。でも、なぜかインドにだけは興味があって、事前にビザを取って旅に出ました。北インドを中心に3ヶ月くらいまわっていたときに、リシュケシュという場所にたどり着きました。ここはヨガの聖地らしいというのを聞いたので、ちょっとやってみようかなくらいの意識で1ヶ月くらいの間、毎日4時間マンツーマンのレッスンを受けたんです。その時本当に心と体が整うという経験をしました」

インドでヨガと出合ったMIKAさんは、帰国後もヨガを続けた。しかし、ブランクの期間もあったという。けれど社会人になって忙しい毎日の中で、またふとヨガのことを思い出す。

「そういえばヨガってあったなって思い出して再開して。ヨガをするうちに何度も救われました。心が動いているときに〈今に戻す〉練習をすると、あ、ヨガっていいなって。そこでもう一度しっかり学ぼうって思ったんですね」

そんなきっかけでヨガ講師の資格を取得したMIKAさんは、コロナ下でも参加しやすい屋外で行うパークヨガを主催するなど精力的に活動を続けた。そんな彼女にヨガの魅力について尋ねてみた。

「〈今の幸せに気づく〉というのがヨガができることだと思っています。みんな外に幸せを求めるってことが多いと思うんですけど、〈今ここ〉に自分の意識を戻した時に、本当に目の前に溢れてる幸せに気づくことができるようになる。いつでも誰でも穏やかな状態に保てる。

私にとってヨガはよりよく生きるためのツールなんですが、そういうツールって何個持っててもいいじゃないですか。私にとってそれはヨガだし、山登りだったり、本を読むことだったり、そういうツールがより良くするためのひとつとしてみんながうまく使いこなせたら心地よく生きていけるんじゃないかって思います」

人も自然の一部

登山を通じて豊かな自然に触れ、そしてヨガを通じて心の平静を得たMIKAさんが感じ取ったのは、人も自然の一部であるということ。それが、日本に昔からある〈自然(じねん)〉という考え方の再発見につながった。

「いま、人が自然を守ろうとか、人が自然を破壊するとか、そういう表現が多いと思うんですけど、本来は人も自然の一部ですよね。昔の日本では〈自然〉と書いて〈じねん〉と読む考え方があって〈あるがままの状態〉という意味らしいんです。

自然はいつも自分たちの身近にあって〈あるがままの状態〉だというのが昔からの考え方としてある。だから家族や友達のような身近な人を大切にするように、自然を大切にする感覚になれたら、自分たちも〈あるがまま〉で居られる。そういう暮らしこそが良いかたちなんじゃないかなと思っていて。それを何かのきっかけで感じられる人が増えたらいいなって、いろいろ考えているところです」

旅や登山、ヨガや農、そうしたものがMIKAさんの中でひとつに繋がって、北杜市での新しい暮らしが始まる。そして彼女の活動がきっかけとなって、自然と自分の〈あるがまま〉を大事にできるひとが増えていくことに期待したい。

MIKA SAITO
HERENESS YOGA COLLECTION

SUSTAINABLE TALK #003 天然素材アイテムで洗濯を快適に

皆さんは洗濯は好きですか?お気に入りの服がきれいになって、パリッとするのが気持ちいい!という方もいる一方で、面倒なんだよなぁという意見も聞こえてきそうです。そんな方も、道具を入れ替えてみたら少しは洗濯を好きになれるかも。今回のSUSTAINABLE TALKは、洗濯ラバーにもおすすめで環境に優しい洗濯アイテムをご紹介します。

WASH NUTS(ウォッシュナッツ)


木の実で洗濯ができるなんてご存知でしたか?日本では羽子板の黒い球として馴染みのあるムクロジは、昔から世界中で洗濯用に使われてきました。サポニンという泡立ち物質を含むため、自然な泡が発生して汚れを落としてくれます。

実際の洗濯での使い方も簡単です。小さな巾着袋にムクロジを5~10個程度入れて服と一緒に洗濯機に入れるだけ。

嬉しいことに洗剤としての性質は「中性」なので、HERENESSのウール製品にも安心して使えます。臭いにくいから洗濯回数が少なくて済むウールとWASH NUTS(ウォッシュナッツ)=ムクロジは環境保全には最強の組み合わせですよ!

WOOL BALL(ウールボール)


乾燥機を使っている方は、乾燥時間の長さや仕上がりの風合い(バリバリになったりしますよね)に不満を感じているのではないでしょうか。それを解決するのがウールボール、名前の通りウールの塊です。ふわふわでかわいいので一見、置物のよう。

これも使い方は簡単で、乾燥機に服と一緒に入れるだけです。乾燥時間をだいたい25%程度短くしてくれるそうです。また静電気を防ぐためシワにもなりにくい。ウールボールに好みのアロマを数滴垂らして香りづけするという裏技もあるそうですよ。乾燥時間が短くなり、柔軟剤を使う必要もなくなるので環境にも優しいのです。

グッピーフレンド・ウォッシング・バッグ


最後に天然素材ではありませんが、洗濯時の環境負荷を抑えてくれる定番製品もご紹介します。グッピーフレンド・ウォッシング・バッグは、化学繊維が洗濯時に放出してしまうマイクロファイバーが排水として流れ出てしまうことを防ぐネットです。もちろん洗濯後にバッグに溜まったマイクロファーバーは適切に処分してくださいね。グッピーフレンド・ウォッシング・バッグの販売による利益はSTOP! Micro WasteとSTOP! Plastic Academyの活動にあてられるそうなので、二重の意味で環境へのアクションとなりますね。

こうした環境に配慮した洗濯道具は、毎日の生活の中でサステナブルへの意識を思い出させてくれます。さらにいえば、洗濯回数を減らすことができればなお環境負荷は下がります。ウール製品は臭いにくく洗濯回数を減らすことに貢献してくれますから、うまくワードローブに取り入れてみてください。

自然の中にいたほうが体にはいい それは簡単な原理 ARATA FUNAYAMA

〈縄〉というモチーフとの出合い

「いろんなところから繋がってというか、まさに〈縄〉が繋がりそのものなんですけど。きっかけのひとつは(縄=ロープに命を預ける)クライミングをやっていたこと。もうひとつは、去年、鬱になってしまったことなんです。自分は何がしたいのかなって。お金もないし場所もない、何があるんだろうって。改めて考えた時に、周りの人だったり、仕事だったり、全てのものは繋がりの中にあると気づいたんです」

完璧主義から、東京での生活では食事をとる間も惜しんで仕事に打ち込んだ船山さん。心と体のバランスが崩れたと感じたところで、故郷の長野に戻ることを決断する。豊かな自然に囲まれた小諸のログハウスに居を構え、静かな環境の中で作品の制作や新たな仕事、アウトドアアクティビティに打ち込むことで少しずつ目指すべきバランスが見えてきた。

自然の中にいたほうが体にはいい。それは簡単な原理

「小さい頃は軽井沢の自然に囲まれた環境にいて、遊ぶのも通学路も常に自然が身近にあって、全部が庭だった。自然が身近にあってそこから遊びも思いついた。色ひとつとっても自然の色って無限だなって思うんですよね。同じ色ってひとつもないと思うし、そういった自然の中で育っていた。

人間っていうのはそもそも動物なので、自然の中にいた方が体にも当然よくて、それは簡単な原理。木が出したものを僕らが吸って、僕らが出したものを木が吸ってくれている。全てのものは循環していて、そこに相反することっていうのは僕にとってもそうですし、今住んでいる地球にとってもよくないなってことに気づかされました」

そうした自然と調和してきた日本の文化に惹かれるという船山さんが、〈縄〉の持つ重層的な魅力についても解説してくれた。

「縄って実は二方向あるんですけど、それによって力が発揮されるっているのが縄文時代の考え方。そういう日本と関わりの深いものが縄なんです。そして一本の中にすごく細い糸が束になっていて、その糸も繊維が連なってできている。表面から見るとひとつに見えるんですけど、より複雑なものが積み重なって積み重なって、はじめてひとつに見える」

人との繋がり、そして自然との繋がりから立ち上がってきた〈縄〉というモチーフを船山さんは大事に育んでいる。

arata funayama
Art creator
Photography/design/pattern/edit/ideas

SUSTAINABLE TALK #002 使えば使うほど環境に優しくなれるアプリ

サステナブルな消費行動に関心はあるけれど、何からはじめていいのか分からない。そもそも自分一人のアクションに何の意味があるのか、と悶々としたことはありませんか? 今回はそんなモヤモヤを払拭し、気持ちよく取り組むサポートをしてくれるアプリをご紹介します。

mamoru

mamoru (まもる)は人や地球に優しいお店と出会い、よりサステナブルな生活をサポートする無料のアプリ。サステナブルなお店の検索に使用できるほか、SDGsに取り組むコミュニティとも繋がることが可能。
お店探しのマップとして使えるだけでなく、自分で見つけたサステナブルなスポットを追加することでアプリ全体のマップが充実していくという双方向的な関わり方ができるのも大きな魅力です。アプリ内で画像やレビューを投稿すればお店の応援にも繋がります。
*α版(2021年5月現在)

mymizu


mymizuアプリは、外出中どこにいても無料で水を補給することができる参加型プラットフォーム。日本で約6,500箇所、世界では約20万箇所の給水ポイント「mymizuスポット」を公共施設や一般のカフェなどに設置することで、使い捨てプラスチックの削減をはじめ、消費行動自体を変えことを目標としています。
アプリには給水を記録する機能があり、ユーザー数だけでなく、給水のニーズや環境問題に関心を示すユーザーを可視化。また、使わずに済んだペットボトルの数や削減できたCO2の排出量が計測されます。「海洋汚染」「プラスチック問題」となると問題が大きすぎる為、個人としてなにができるか見えにくいのが現状ですが、テクノロジーを通して日常の水分補給をデータ化することで、自分にとってより身近なものにしてくれます。何かしらアクションを起こしてみたいという人は、まずマイボトルから始めてみるのもオススメです。

Pirika


ごみ拾いを楽しくするボランティアSNS Pirika(ピリカ)は、「いざ、ゴミ拾い!」と肩肘を張らず、いつでもどこでも拾った時が「ボランティア」になるアプリ。使い方はいたってシンプル、ゴミを拾ってその写真を投稿するだけ。例えば、ランニング時に休憩で立ち寄った公園で、最寄りのスーパーまでの道端で、といった日常の中でゴミを見つけることは(残念ながら)多々あるはず。もし拾う余裕があれば、たとえ一つでも拾って投稿することができます。
先日、筆者が初めて投稿してみたところ、わずか1日で43件の「ありがとう(≒Likeボタン)」と5件のコメントがつきました(なんて温かい…!)。自分の何気ないアクションに対する「ありがとう」の声は素直に嬉しいものですね。

さらに、拾った場所の付近では毎日のように誰かがゴミ拾いを投稿していることもアプリのマップから判明。すぐに始められる手軽さだけでなく、周りにも活動する人がいると励みにもなり、思いのほかハマる方も多いのではないでしょうか。

「小さなことからコツコツと」というと、始めるのが億劫に感じたり、継続しにくいことが多々ありますよね。しかし、これらのアプリならいかがでしょう? 今すぐ始められそうな気がしませんか? 「楽しいこと、気持ちの良いこと」として日常生活に取り入れてみてはいかがでしょうか。私たちも皆さんと一緒に取り組んで行けるアクションを企んでいますので、ぜひそちらもお楽しみに!